映画『この世界の片隅に』も、前回紹介した『シンゴジラ』『君の名は』と同じく2016年に公開されました。舞台は広島・呉。1945年(昭和20年)頃から次第に戦争の色が濃くなっていき、やがて広島と長崎に原爆が投下されて日本が敗戦を迎えるまでの様子が、主人公のすずさんが18歳で嫁入りし、日々の生活を送る様子を軸に描かれています。淡々と、とぼけた所のあるすずさんと周囲の人々の様子が、ユーモラスな描写も交えながら語られます。
小規模公開として登場した映画でしたが、2018年11月までに累計動員数は210万人、広く海外でも公開され好評を得ました。2019年12月まで上映が継続した後に、40分の新規場面を付け加えた長尺版が『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』として、本稿を執筆している現在(1月13日)も公開されています。この長尺版の公開が始まった時には、天皇皇后両陛下、愛子内親王殿下が鑑賞されたことも話題となりました。主人公のすずさんの声を担当したのは、東日本大震災を描いた2013年度のNHK連続テレビ小説で主人公を演じた俳優ののんさんでした。
作品中では、控えめな所作のなかにも意図をもった明確な主張がなされました。戦争の悲惨さと平和の大切さ、それを『この世界の片隅に』は伝えています。
コミュニケーションにおいては時に、「伝え方」が「伝える内容」以上に重要な意味を持つことがあります。既に述べたように、この映画の伝え方は、心優しいすずさんと周囲の人々の生活の細部と、そして戦争の時代に起きる一つ一つの「喪失」を描くことで、トータルとしての「戦争」を観客に想像させるというものでした。決して
声高に「戦争反対」を叫び、誰かを非難するものではありません。そしてこの映画は日本社会と海外で受け入れられ、愛され、大切にされています。
次回以降は、そこに現れている心理の深いところも探っていきたいと思います。
堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[この世界の片隅に①][コミュニケーション]