最近、産婦人科医の仲間から「分娩を取りやめる」という話が聞こえてくる。高齢化もあり、肉体的に辛いのだと思う。しかし、分娩施設の閉鎖や集約化の背景には、結婚、出産数の減少という社会構造の変化が大きな要因となっている。
1996年には3991施設あった分娩取扱施設数は、2021年に1945施設へと減少した。減少率は25年間で48%と、診療所の減少が著しい。1971〜74年の第2次ベビーブーム以来、減少続きの出生数は、2024年に初の70万人割れとなり、出生率も過去最低の1.15と、激震が走った。出生率は、合計特殊出生率(15〜49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)が用いられ、1人の女性が一生の間に産む子どもの数に相当する。過去最低の2024年の数字は、1人の女性が一生の間に1.15人の子どもを産むことを意味する。都道府県別では、東京都が全国最低の0.96で、最も高い沖縄県の1.54に比べ、その差は大きい。
日本の少子化対策は、1990年代の「1.57ショック」を契機に開始された。女性の育児休業や保育サービスの充実など様々な対策が講じられ、2003年には少子化対策基本法が制定された。1992年には育児休業を男性社員に拡大すると同時に育児短時間制度が導入、2022年からは不妊治療の保険適用範囲が拡大され、体外受精なども3割負担の保険診療となった。しかし、30年かけている少子化対策にもかかわらず、出生数減少に歯止めがきかず、15〜64歳の生産年齢人口は、2050年に3500万人減少すると予測されている。
2000年、ドイツのハンブルグに世界で初めての赤ちゃんポストが設置された。現在では90箇所以上に広がり、病院や協会で運営されている。世界中に設置されている赤ちゃんポストは、2007年に日本で初めて熊本県の慈恵病院に「こうのとりのゆりかご」が設置され、その後、徐々に増えてきている。
高額の教育費、育児支援の不足などが少子化の要因として議論されるが、これまでの施策が実績として反映されていないのは、子どもが社会の財産であるという意識が欠けていることに起因しないか。10カ月守ってきたお腹の子を育てられない母親が、苦渋の末に赤ちゃんポストを通して、社会に託したのだ。
経済戦争、競争社会で生き延びるために、私たちは戦略優先の時間を送っている。少子化は政策戦略と、社会の財産である子どもを育むという強い意志の両輪あってこそ、結実するのではないか。
藤井美穂(社会医療法人社団カレスサッポロカレス記念病院次席院長)[少子化]