No.5014 (2020年05月30日発行) P.56
具 芳明 (国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター情報・教育支援室長)
登録日: 2020-04-30
最終更新日: 2020-04-30
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは、感染症を治療する薬剤や予防するワクチンがなければ、感染症の脅威に古典的な隔離と避難(接触頻度の低下)で立ち向かうしかないという事実を私たちに突きつけている。人類が感染症そのものを治療することができるようになったのは抗菌薬の開発以降のことであり、それからまだ100年も経っていない。隔離と避難の長い歴史の中、待望していた感染症治療手段を人類がようやく手に入れた、それが抗菌薬なのである。パンデミックは改めてそのことを私たちに思い出させる機会となっている。
しかし、薬剤耐性が増加していけばこのすばらしい治療薬が失われ、結果的に抗菌薬開発以前の時代に戻りかねない。このことは10年以上前から専門家の間で意識されており、世界保健機関(WHO)によるグローバルアクションプラン(2015年)を機に、世界各国がそれぞれのアクションプランに基づいて対応を進めている。もちろん日本政府も取り組みを行っている。コロナウイルスとの大きな違いは、短期間で一気に広がるか、それとも時間をかけてじわじわと広がっていくかである。コロナウイルスとの戦いには年単位の時間がかかるだろうが、薬剤耐性対策はさらに長い時間がかかっている。
米国ではCOVID-19患者に生じた二次性細菌感染症の治療や、市中肺炎をきたす他の病原体のカバーを目的に多くの抗菌薬が使用されていると報告されている。COVID-19によってより多くの重症患者が発生すれば、抗菌薬の使用が増えてしまい、その結果、薬剤耐性菌が増加してしまうことが危惧される。逆に、COVID-19対策が結果的に急性気道感染症による受診を抑制し「かぜに抗菌薬」という最も不適切な処方行動が減ることによって薬剤耐性の観点からは良い方向に進むかもしれない。
コロナウイルスとの戦いは長い目で見れば薬剤耐性を増やさないための戦いと実はつながっている。そのような観点からもコロナウイルス対策に注目していきたい。
具 芳明(国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター情報・教育支援室長)[AMR対策][新型コロナウイルス感染症]