乾癬という難治性皮膚疾患がある。顔などの露出部を含めてフケのような鱗屑を伴う紅斑や爪変形が一生涯続き、患者の苦痛は相当なものである。近年は症状を患者の希望しだいに操ることが可能になったが、まだまだ限界も多い。
8年ほど前のある日、初老の紳士が半年ほど持続する全身の皮疹で受診した。診察すると、その患者は乾癬を患っており、重症というほどの症状はなかったが、終始うつむき加減で暗かった。一通りの診察を終えたところで、その患者はおもむろに背広の内ポケットから新聞の切り抜きを取り出した。おそらく、ほとんどの医師はその行為に対して身構えてしまう。なぜなら、多くの場合まったく違う疾患に関する記事や、エビデンスのない民間療法の宣伝といった類であり、患者の思い込みを撤回させるのに一苦労するからである。しかし、その患者が取り出した切り抜きは当時始まったばかりの生物学的製剤の記事であり、ぜひこの治療を受けてみたい、と切り出した。患者の皮疹はガイドラインで定める重症度を満たしておらず、予想される副作用や年間数十万円の治療費についても説明したが、患者の決心は固かった。理由を聞いてみると、患者には小学校に入ったばかりの孫がおり、週末には一緒に温泉に行っていたが、乾癬が悪化し孫から指摘されるにつれ周囲の眼が気になり、行けなくなったそうである。人生最大の愉しみが奪われ、生きる希望がなくなったと訴えた。
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