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【識者の眼】「闘病で苦しむ人を減らすPSA検診の意義は大きい」伊藤一人

No.5032 (2020年10月03日発行) P.61

伊藤一人 (医療法人社団美心会黒沢病院病院長)

登録日: 2020-09-17

最終更新日: 2020-09-17

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今回は、No.5011で指摘したPSA検診に批判的な6つの意見のうち、5つ目の「前立腺癌は75歳以上での死亡が多いので、PSA検診を含む対策の優先順位は低い」との反対意見について、泌尿器科臨床医の立場から意見を述べます。

死亡者のうち高齢者(75歳以上)が約70%を占めている前立腺癌に対する対策は、確かに、がん対策基本法に基づく「第1期がん対策推進基本計画」(2007年度)に盛り込まれた10年間の目標“75歳未満の年齢調整死亡率20%減少”への貢献度は高くありませんでした。しかし、同基本計画では高齢者(75歳以上)を含めて「全てのがん患者とその家族の苦痛の軽減と療養生活の質の維持向上」の実現を目標にしており、臨床医が力を尽くすべき事と、私自身の心にも強く刻んでおりました。

我々臨床医は、前立腺癌により命を落とした患者さんの大変な病状経過を数多く診ていますので、「高齢での死亡が多いから、がん検診は必要ない」との意見は受け入れがたいものがあります。臨床医は、前立腺癌により70代後半で亡くなったと聞けば、転移癌に進行してからの少なくとも数年の闘病生活に思いを寄せます。特に転移癌の標準治療であるホルモン療法に抵抗する、去勢抵抗性癌に進展すると、全身治療(抗癌剤、新規ホルモン薬)の効果は望めますが、治療はきついものです。また、病状は着実に進行し、身体的、精神的および経済的負担が数年にわたり重くのしかかりますので、死亡時の年齢だけでは、前立腺癌患者さんの苦痛やQOL低下による人生の損失を判断することはできません。そのため、PSA検診により前立腺癌の転移進展リスクを確実に減らし、死亡までの数年間、時には10年以上に及ぶ闘病で苦しむ人をできる限り減らすことの意義は大きいと考えています。

一方、高齢者の過剰診断に対しては注意が必要です。一般的にPSA検診を受診する高齢者は健康状態が良いですが、群馬県内の検診データでは、PSA異常で精密検査を受診した80歳以上の高齢者に対して、約90%は侵襲的な前立腺生検を施行せず経過観察をしています。将来的には、国際老年腫瘍学会が提唱するG8スクリーニングツールなどの健康状態評価も含めて、PSA検診、その後の精密検査や治療の実施意義を総合的に判断するなどの対応が好ましいと考えています。

伊藤一人(医療法人社団美心会黒沢病院病院長)[泌尿器科における新しい問題点や動き]

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