No.5056 (2021年03月20日発行) P.61
中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
登録日: 2021-02-18
最終更新日: 2021-02-18
No.5015に子宮内胎盤遺残事件のエピソードから司法との関係の取り方を記したが、今回は失敗談だ。産科の現場では、正期やそれに近い早期産期においても胎児死亡は珍しいことではない。妊娠女性にとっては辛いことだが、私たちの手が及ぶ範囲でもない。この女性が医療機関で妊娠管理を受けていれば、淡々と死産証書もしくは死胎検案書を記すだけである。ところが、これが妊娠に気付いていない未受診女性に発生した。慌てた夫が救急車を呼んだ…当たり前のことである。これを受けたのは救急部である…既に死後数日は経っていようという死胎児を前に、不審死として警察に連絡をしたらしい。そもそも、胎児死亡である以上、この世に存在する「人」であったことはないが、死胎児自身の診療録までできている。
産科医としては考えられない状況が襲って来た…まず、続々とやってくる警察官…事件性がないと言っても、なかなか納得しない。ようやく自己堕胎などを含めて、事件性がないことを納得させたが、それでも褥婦自身に会わせろという…司法権力の介入は、不審死として通報した当院の行為が招いた事態である…妊娠を覚知していなかったとはいえ、子を失って悲嘆する女性からの事情聴取は許可しなかった。入院準備を整えに自宅へ向かった夫からは、警察官が不審死として捜査に来ていると連絡が来る…こちらでは事件性はないと納得させたから安心して…と説明するが、警察官としては事件性の有無を明らかにするために、当院の説明とは独立して夫から事情聴取をする筈だ。
最後には、死亡していた胎児自身の診療録の始末である…この世に存在したことのない「(胎)児」に診療録がある筈がない…。
この挿話には、前フリがある…事件の前夜、私は夢に魘されて目を覚ました。田植え直後の細い畦道や濁流が溢れようとする堤防を自転車で必死になって爆走していた私だが、それは警察官たちに追われていたが故であった。変な夢だなとは思ったが、正夢だった…夢は侮れない。
中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]