No.5067 (2021年06月05日発行) P.57
野村幸世 (東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)
登録日: 2021-05-26
最終更新日: 2021-05-31
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する高齢者へのワクチン集団接種が始まった。「やっと」という感は皆がお持ちと思われる。ぜひ、スムーズに進んで欲しいものである。SARS-CoV-2に対するワクチンだが、今のところ全て外国製である。恐らく多くの日本人が、日本製はできないのか? と思われていることであろう。
医学研究者である私は先日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に効くのではないかと思われる、ある妄想が沸いた。たかが妄想と思われるかもしれないが、研究は多くの場合、いくつかの経験と基になるデータがあった上での妄想を検証するようなものである。妄想の段階では、もちろん、臨床試験ではなく基礎実験を行う。COVID-19のモデルとしては、スパイク蛋白の結合先としてのヒトACE-2をトランスジェニックしたマウスが存在し、このマウスにSARS-CoV-2を感染させることにより、COVID-19重症化をある程度再現できる。どうせウイルスを扱う実験をするのはハードルが高いのだろうなあ、と思いつつ、SARS-CoV-2が使える実験施設はないか聞いてみた。すると、東京大学医科学研究所にはあるそうだが、そこで既に実験を行っている研究者は、あちこちから実験を頼まれて、自分たちの実験に手が回らないで困っているという噂である。東大の本郷キャンパスにはSARS-CoV-2が使える実験施設はないそうである。情けないと思いつつ、製薬会社に聞いてみると、やはり、COVID-19の研究は、海外のラボを中心に展開しており、国内ではSARS-CoV-2を使う実験は行っていない、という。
予想通りの結果であった。日本製のワクチンがないところから予想していた。SAS-CoV-2を扱う実験はバイオセーフティレベル3であり、リスクが伴う。しかし、だからといって、研究開発を外国任せにするのはどうかと思う。日本は先進国なはずである。先を読み、先陣を切ることは士気にも影響する。私の妄想など妄想に過ぎないかもしれないが、多くの研究者の妄想の中には宝石も混ざっているかもしれない。そういう草の根的な研究をサポートするシステムにも不足があると思う。
よく語られる男女共同参画も同じようなものである。女性活躍を推進することは一種の先読みであり、先行投資である。目の前のものだけに囚われるのではなく、ぜひ、先を読む国になって欲しいものである。
野村幸世(東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)[新型コロナウイルス感染症]