No.5081 (2021年09月11日発行) P.52
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
登録日: 2021-08-30
最終更新日: 2021-08-30
デルタ株は空気感染だ、空気感染が主な感染経路だ、といった言葉がSNSなどで僕の耳に入ってくる。
しかし、これを裏付ける科学的な実証データが見つからない。
それも当然だ。デルタ株そのものが2020年10月にインドで初めて見つかったのだ。日本など先進国で見つかり流行するようになったのもごく最近のことで、日本では今年5月に初めての感染者が確認された(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210806/k10013183971000.html)。感染経路や毒性など、ウイルス学的、疫学的属性が明確になるにはまだしばらく時間がかかるだろう。
8月28日にThe Lancet Infectious Diseasesに発表された英国の疫学データでは、デルタ株の感染は英国由来のアルファ株に比べ、救急外来受診や入院のリスクが増すことが示唆された。重要な知見だ(Twohig KA,et al:Lancet Infect Dis.Published:August 27,2021 DOI:https://doi.org/10.1016/S1473-3099(21)00475-8)。
神戸市の臨床現場でも急増するデルタ株感染が病床を逼迫している。重症例も多く、ICUもいっぱいだ。だが、ICUがいっぱいなのは、患者数が増加したことによる相対的な重症例の増加なのか(分母が増えれば、分子も増える)、デルタ株が重症化をもたらしやすいための、絶対的な増加なのかは区別できなかった。今回のコホート研究で、デルタ株そのものが重症化リスクが高いことが示唆され、この謎がある程度解けたというわけだ。両者の仮説を「現場の肌感覚」で峻別するのは不可能だ。日本では「現場の肌感覚」信仰が強すぎて、もっと遠くから「鳥の目」でみる疫学的な解析を軽視するきらいがある。要注意だ。
デルタ株が「空気感染する」という確たるデータは僕が調べた限りでは見つからない。デルタ株の特徴をまとめた米国疾病予防管理センター(CDC)のサイトにもそんなことは書いていない(https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/variants/delta-variant.html)。もちろん、デルタ株に限らず、発生したエアロゾルが閉所で漂って感染を起こす事例は数多あるが、それと「空気感染」は別物だし、空気感染がメジャーな感染経路、という主張とは全く異なる。
基本再生産数R0に示される「感染力」は「感染経路」とは別次元の議論をしている。R0が水痘なみ(かもしれない)デルタ株だが、それは感染経路が水痘と同じ、という意味ではない。
議論は丁寧に。基本的な話だが、昨今忘れられがちな点でもある。空気感染説についてもデータを直視して議論するのが大事だ。その場の空気で多数派意見が決められるという、別の意味での「空気感染」を起こさないこと。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]