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【識者の眼】「繰り返しトラウマを経験することで起きること〜複雑性PTSDと関連して〜」堀 有伸

No.5096 (2021年12月25日発行) P.63

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-12-07

最終更新日: 2021-12-07

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トラウマは、それを経験したのが1回だけだとしても、人の心と体に大きな影響を与える出来事だと定義されます。それならば、そのようなトラウマを繰り返し、あるいは日常的に経験してしまった場合には、どのようなことが起きるのでしょうか。

人はもちろん、恐怖や悲しみ、絶望や憤怒などの感情を抱くことがあります。しかし、あまりにも感情が高まったり、内的な緊張が強まることに耐えられません。そうすると、無意識にですが、自分の感情についてのセンサーを鈍くします。つらいことがあっても「何も感じなくなる」ようにして、その出来事を耐えしのびます。

1回だけトラウマを経験するPTSDでも、強い恐怖を感じて交感神経が過剰に興奮し、過覚醒となる反応が起きるのですが、一部の症例では副交感神経の古い経路が活性化してしまうことがわかってきました。この時には、進化的に古い段階にある生物が、捕食者の脅威を感じた時に「固まって死んだようになる」ことでその注意を逸らし、生存確率を高めた時の反応と同種の出来事が起きます。犯罪の被害者に対して、「なぜ逃げなかったのか、抵抗しなかったのか」という問いが投げかけられることがありますが、その場合の回答はこれです。「副交感神経の古い経路が活性化し、心も体も動かなくなっていたから」というものです。

「動かなく」なるだけではなく、意識がくもってしまうこと、場合によっては記憶の一部が失われることがあり、その現象は「解離」と呼ばれています。そして、トラウマをくり返し経験することで、副交感神経の古い経路の活性化や解離が起こりやすくなるのです。

幼児期に虐待などを経験した症例では、自分の感情への気づきが悪くなっていることが少なくありません。いつも不安と恐怖に圧倒されていたのだとしても、本人にとってはそれがずっと普通のことだったので、それが特別な状況であることに気づけないのです。「安心」の感覚を持てるのが回復のために必要になります。そして、感じないようにしていた「怒り」を思い出すようになるという難しい局面も乗り越えていかねばなりません。その先に、喜びや感謝などを含んだ、様々な感情を十分な強さで味わいながら過ごす生活が可能になっていきます。

マイナスなものもある感情に気づいたり表現することは、なかなか評価されにくいのですが、トラウマからの回復をめざす人にとっては、それがとても大切な場合があります。

【参考資料】

▶ステファン・W・ポージェス, 花丘ちぐさ, 訳:ポリヴェーガル理論入門 心身に変革をおこす「安全」と「絆」. 春秋社, 2018.

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[複雑性PTSD]

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