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死因究明等推進計画の論点[提言]

No.5103 (2022年02月12日発行) P.52

石原憲治 (千葉大学大学院医学研究院法医学客員教授/京都府立医科大学法医学客員教授)

岩瀬博太郎 (千葉大学大学院医学研究院法医学教授/東京大学大学院医学系研究科法医学教授)

登録日: 2022-02-09

最終更新日: 2022-02-08

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1 閣議決定までの経緯

コロナ禍の2021年6月,「死因究明等推進計画」1)(以下「本計画」)が閣議決定された。本稿ではこの概要を述べ,論点を指摘する。

これまでの経緯としては,2020年4月施行の「死因究明等推進基本法」(以下「基本法」)に基づき2)死因究明等推進本部が発足,その下に置かれた死因究明等推進計画検討会(以下「検討会」)を軸に議論がなされてきた。そして,つくられた本計画案について,閣議決定がなされ,公表されたものである。なお,本計画の構成は,「1 現状と課題」「2 死因究明等の到達すべき水準と基本的な考え方」「3 死因究明等に関し講ずべき施策」「4 推進体制等」の4部構成となっている。

8年前の2014年6月には,「死因究明等推進法」(時限立法のため現在は失効)に基づき,同名の「死因究明等推進計画」(以下「旧計画」)が閣議決定された。旧計画でも,「第1 死因究明等推進計画策定の基本的考え方」「第2 死因究明等の推進を行うための当面の重点施策」「第3 推進体制等」の3部構成となっており,形式上は変わらない。

本計画の「1 現状と課題」では,わが国の死因究明体制の問題点を的確に指摘し,「2 死因究明等の到達すべき水準と基本的な考え方」では,基本法に則り死因究明の理念を示している。この点は,旧計画と比べると,現状分析と課題の提起について,より踏み込んだ印象がある。たとえば,「年間の死亡数の増加,とりわけ在宅死の増加により死体検案体制への負荷が増大することが見込まれるとともに,例年自然災害が繰り返し発生し,大規模災害も予見され,さらに,新型コロナウイルス感染症をはじめとする新興感染症の脅威も存在している。しかしながら,わが国ではいまだ死因究明等の重要性が十分に認識され,充実した体制が取られているとは言いがたい。その実施に係る人材の確保や体制整備は喫緊の課題である」とし,また「医師によって解剖・検査等が必要と判断された場合には,その適切な実施体制が構築される必要がある」としている。さらに,体制が整備されていない地方公共団体では「公衆衛生の向上・増進等を目的とした解剖・検査等が少ない傾向がみられ」ると,現状の把握と今後なすべきことを示唆している。「3 死因究明等に関し講ずべき施策」では,基本法第2章「基本的施策」の第10条から第18条の条文に従い,施策を列挙している。たとえば,「3(1)死因究明等に係る人材の育成等(法第10条)」では,13項目の施策が責任省庁を示しつつ提示されている。

しかしながら,「1」「2」では現状と課題を的確に論じているのに対し,それらをふまえて提案するはずの「3」の具体的施策については十分とは言えない。では,なぜ十分ではないのか。以下,3つの論点を指摘したい。

2 論点①・新規事業の少なさ

まず,旧計画では触れられていない新規事業が非常に少ないという点を挙げよう。旧計画自体,私たち法医学者が期待した施策の多くは見送られ,内容が乏しいものと言わざるをえなかったが,本計画はさらに目新しさに欠けるものだった。本計画には再掲を含め93の施策が掲げられているが,そのうち新規とみられるものは6施策(文部科学省が1,厚生労働省が5)という結果だった。

そのうちの4施策は,「会議等の場を活用し,周知を図る」,「状況を検証し,および評価することを求める」,「検討を行い,一定の方向性を明らかにする」,「情報を共有することについて周知を図る」というように,“周知”,“検証”,“検討”という,予算措置をほとんど伴わないものである。

残りの2施策は,「厚生労働省において,各地域において必要な死因究明等が円滑に実施され,その結果が公衆衛生の向上・増進等に活用される体制が構築されるよう,地方公共団体に対し,死体検案,解剖,死亡時画像診断,薬毒物・感染症等の検査,身元確認等に係る専門的機能を有する体制整備に必要な協力を行う」と,「厚生労働省において,死体検案が専門的科学的知見に基づき適正に実施されるよう,引き続き,死体検案に従事する一般臨床医等が,死因判定等について悩んだ際に法医学者に相談することができる体制を全国的に運用し,その普及啓発を図る」というものである。後者は既に運用が開始され,通信費等は支払われているものの,実質的な効果は不明である。前者については本格的に運用にあたればかなりの予算が必要であり,積極的な施策を期待できるが,“どのような施策を重点化するか”などの具体性はみられない。

当然,いつも問題になるのは,“解剖・検査の人件費をだれが負担するか”という点である。大学の正規職員だけで解剖などの実務をこなしている機関であれば,事実上,大学が負担していることになる。しかし,もしそれだけでは十分な検査等ができないのであれば,職員の追加雇用が必要になる。大学がさらなる人件費を補塡することは少なく,また,警察庁が支弁する司法解剖経費を見ても,“人件費”の項目はない。こうした事情に応えうるだけの施策となっているかは,大いに疑問である。

いずれにせよ,内閣府から移管された厚生労働省以外は,新規事業にほとんど関心がなかったと思われる。

3 論点②・国によるイニシアチブの欠如

次は,国のイニシアチブが感じられない点である。基本法第3条には,「死因究明等が地域にかかわらず等しく適切に行われるよう」と記され,本計画「2(1)」にも引用されている。

しかし,たとえば解剖率(刑事と交通扱いの解剖数を,警察取り扱い死体数で除したもの)を見ても,2020年では兵庫県が33.2%,神奈川県が29.4%であるのに対し,広島県が2.0%,群馬県が3.5%と,大きな地域差がある。この傾向は以前から指摘されているが,ほとんど改善されておらず,むしろ地域によっては拡大しつつある。

それにもかかわらず,本計画では,都道府県に置かれる死因究明等推進地方協議会(以下「地方協議会」)に具体策をゆだねるばかりで,国としての地域格差解消のための施策については触れられていない。また,「3(3)死因究明等を行う専門的な機関の全国的な整備(法第12条)」の項目でも,本来この条項は,国が主導して専門的機関を創設しようという意図だったのに,各都道府県が「機関」ではなく「体制」を整備するという表現に変わり,法の趣旨が活かされていない。“国の施策として,専門的機関の整備を進めよう”という積極的な意志は感じられない。

それでは,投げられた先の地方協議会の状況はどうか。本計画策定時点で41の地方協議会が設置されているというが,その多くは内実が伴っていない。総務省の行政評価3)によれば,多くの地方協議会は年1回程度の開催であり,議事内容も情報の共有にとどまっているところがほとんどのようだ。予算も人員の確保もない中,地方に投げられても実効性のある施策は出てこないだろう。厚生労働省は取り組みの指針となるマニュアルを策定するとのことなので(「3(3)」内に記載),国にはそこでイニシアチブを発揮してもらいたい。

4 論点③・具体性のない情報収集・管理案

最後に,基本法附則第2条に「国は,この法律の施行後3年を目途として,死因究明等により得られた情報の一元的な集約及び管理を行う体制,子どもが死亡した場合におけるその死亡の原因に関する情報の収集,管理,活用等の仕組み,あるべき死因究明等に関する施策に係る行政組織,法制度等の在り方その他のあるべき死因究明等に係る制度について検討を加える」とあるにもかかわらず,本計画にはこの点についての言及がないことを指摘したい。

確かに,「3年を目途として」とあるので,本計画で検討することではないということかもしれない。しかし,この附則の背景には,一般的な死亡情報のデータベースの構築の必要性と,とりわけ子どもの死亡に関する情報収集等という観点がある。前者は,わが国の死亡情報の収集,管理,活用が,非常に不十分であるという指摘に由来している。後者は,「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律」(以下「成育基本法」)と相まって,わが国でチャイルド・デス・レビュー(child death review:CDR)の実施をめざそうというものである。

死因究明先進国では詳細なデータベースを保持しており,それが,研究,政策の立案,事故等の再発防止などに寄与している4)。また,それらの国では,自然死以外の死亡に関して一元的に広く情報を収集し,個人情報の問題に関してはアクセス権を絞ることによって,データベースを運用している。わが国の死因に係るデータベースといえば,死亡診断書や死体検案書に基づいた人口動態統計があるが,統計そのものの不正確さや,公衆衛生上の研究や政策立案に活用しにくいといった問題点があるため,十分とは言えない。

この一元的な情報収集・管理体制に関する議論については,具体的には2つの問題があった。第一に,刑事事件に係る情報をどう取り扱うか,という問題である。「刑事訴訟法」(以下「刑訴法」)上のハードル(第47条「訴訟に関する書類は,公判の開廷前には,これを公にしてはならない」)があるが,事件性が疑われる情報を一切データベースに入れないということになれば,子どもの虐待死への対応もできないことになる。第二に,個人情報管理の問題である。たとえば診療情報をとる場合に,遺族の同意が必要かどうか,ということである。これも,同意を必要条件とするなら,非常に不完全なデータしか得られないことになる。刑訴法の問題は検討会でもほとんど議論にならず,CDRでも扱えないことになりそうであるし,個人情報管理の問題は成育基本法のモデル事業5)で触れられているが,“事前に事業の実施に対する理解を得られるよう努める”等の要件が課せられている。この様子では,わが国での本格的な死因データベースの構築や,実効性のあるCDRの実施は,困難を伴いそうである。

以上,3つの論点を指摘したが,このテーマには様々な課題がまだ山積している。なお,新型コロナウイルス感染症についても死因究明は大きな論点であるので,機会があれば別稿で論じたい。

【文献】

1)厚生労働省:死因究明等推進計画(2021年6月).
 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/shiin_keikaku.pdf

2)石原憲治:医事新報. 2019;4981:62-3.

3)総務省行政評価局:死因究明等の推進に関する政策評価書(2021年3月).
 https://www.soumu.go.jp/main_content/00073 7589.pdf

4)山口るつ子:医事新報. 2020;5003:55.

5)厚生労働省子ども家庭局母子保健課:都道府県Child Death Reviewモデル事業の手引き(第2版)(2021年3月).
 https://www.mhlw.go.jp/content/000761009.pdf

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