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【識者の眼】「戦国時代の経済制裁─今川氏真の塩断ち」早川 智

No.5108 (2022年03月19日発行) P.62

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2022-03-07

最終更新日: 2022-03-07

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ロシアによるウクライナ侵攻に対し、西側各国は厳しい経済制裁を科している。経済制裁だけで独裁者の野望をどこまで抑えられるかはわからないが、将兵の生命を失わずに目的を達成できれば孫子のいう「戦わずして勝つ」最善の戦略ということになる。

群雄割拠の戦国時代、経済制裁を試みた武将がいる。今川義元の後継者今川氏真である。『武田三代軍記』によると父義元が桶狭間で討死した後に、長男義信を自害させ、今川から嫁いだその室を離別させるなど関係が悪化した甲斐の武田信玄に対し、氏真は塩留めを行った。山国である甲斐では塩は産出しない。塩化ナトリウムは人が生きていく上で必須のミネラルであり、名将信玄もさすがに困ったであろう。

ご承知のように減塩食は高血圧予防の王道であるが、極端な減塩は低ナトリウム血症や腎機能障害の原因となる。食塩を摂らない人々と言われたアフリカのマサイ族や南米ヤノマミ族も実際は牛乳や川魚から1日1〜2gの食塩に相当するミネラルは摂取している。ここで信玄に手を差し伸べたのが宿年のライバル越後の上杉謙信である。謙信は日本海の塩を甲斐に送ることで氏真の塩断ちに苦しんでいた武田領の人々を救ったという。

越後の塩を手にした信玄は謙信や小田原北条氏と和睦し、氏真の駿河に侵入、今川家を離反した徳川家康と駿河を分割領有することになる。氏真はかつては家臣だった家康のもとに亡命する。その後も父の敵と言うべき信長に蹴鞠の妙技を披露してみせるなど、氏真は今川を滅ぼした凡愚の将と後世から批判される。しかしながら、現代から見ると、自分が父や従兄である信玄のような軍事能力を持っていないことがわかっていて、あえて兵を用いず塩断ちという斬新な方法を考えた彼はもっと評価されてよいかもしれない。戦争好きの信玄、謙信、もう1世代後の信長、秀吉よりも現代的な感覚の持ち主であろう。

有名な煮貝やほうとうに加え、おざら、もつ煮込みなど山菜や川魚を生かした山梨県の料理は素朴で美味しいが、食塩摂取量は全国平均をかなり上回る。塩断ちを機会にもう少し減塩してもよかったのでは、というのはよそ者の心配だろうか。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[経済制裁][減塩

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