No.5131 (2022年08月27日発行) P.59
中村安秀 (公益社団法人日本WHO協会理事長)
登録日: 2022-08-03
最終更新日: 2022-08-03
医学部1年生の講義において、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」の話をした。彼らの多くは、中学校や高校でSDGsの授業を受け、SDGsをテレビドラマの中で使われるキーワードとしてとらえ、環境の保護に目を向ける企業の好感度を上げる言葉としてのSDGsに触れてきたという。そのような口当たりのいいイメージだけが拡散し浸透していく中で、SDGsが当初持っていた緊急性や切実さが失われているのではないだろうか。
当初SDGsは、2015年の第70回国連総会で採択された「わたしたちの世界を変革する持続可能な開発のための2030 アジェンダ」を実現するための手段にすぎなかった。「世界を変革する」方に焦点が置かれていたのだ。2030 アジェンダでは、「この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。そして我々は、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。」(外務省仮訳)というすばらしい理念が明記された。一方、世界を変革するという決意を表明せざるをえないくらい、世界の国と国の格差、同じ国内での経済や社会格差が広がっていたのも事実であった。
私が2015年にこの「誰も取り残されない」という言葉を日本国内で紹介した当時、最も鋭く反応されたのは「全国重症心身障害児(者)を守る会」の方々だった。昭和30年代に東京オリンピックの開催に沸く当時、障害児に対する偏見と差別に立ち向かい、障害のある子どもたちの親たちが集まり、「生き、育ち、伸びるこの子らを生かして下さい」と広く社会に訴えた。その際の3原則のひとつが、「最も弱いものをひとりももれなく守る」だったという。本当に厳しい状況におかれている人々が発想される内容は、時空を超えて共通点を有するのだと痛感した。
COVID-19パンデミックにより、経済格差が健康格差に直結するようになった。一方、2015年当初にあった「transform the world」の文字が、日本で使われる多くのSDGsのロゴからいつの間にか消えてしまっている。甘口のSDGsだけでは、世界は変革できない。ポスト・コロナの保健医療のあり方が論議される今こそ、SDGsの原点に回帰して「誰も取り残されない、最も遅れているところに手を伸ばす」医療のあり方を真摯に追及する必要があろう。
中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[2030 アジェンダ]