新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による入国制限が緩和され、有名な観光地だけでなく、市井の人々が暮らす街中にも外国人の姿が多くなった。在留外国人数はCOVID-19渦中でもあまり減らず、むしろ2022年6月には過去最高の296万人を記録した。出生数においても、日本人は減少しているが外国人出生数は2020年に過去最高の1.9万人だった。日本で暮らす外国人に加えて、海外から観光客が日本に来てくれる。
日本の医療レベルは世界最高水準であるが、多言語多文化に精通した医療者が多いわけではない。「だれひとり取り残されない」持続可能な開発目標(SDGs)の時代において、世界保健機関(WHO)は2022年に初めて移民・難民の保健医療の重要性を報告書にまとめた。欧米各国では言語による意思疎通を図り、文化の橋渡しをしてくれる医療通訳者が長年にわたり活動してきた。日本では、2014年に厚生労働省が策定した「医療通訳育成カリキュラム基準」をもとに、国際臨床医学会が認定する医療通訳士制度が2020年に開始された。2022年時点で15言語299名が認定されている。英語、中国語だけでなく、ポルトガル語、スペイン語、ベトナム語、ネパール語など多岐にわたる。外国語に堪能な日本人や、日本で暮らす中で日本語を習得した外国人など、多様性に富んだ人材が集まった。病院でフルタイム勤務する医療通訳者、民間の遠隔医療通訳会社、県が実施する医療通訳者の研修と派遣システムなど、様々な現場で医療通訳士が活躍している。
問題は、医療通訳士の費用負担である。外国人患者に通訳費用の負担を強いることは、人権の立場からも望ましくなく、多くの場合、外国人医療に熱心な医療機関の持ち出しである。こういう善意に依存したシステムは、決して持続可能ではない。国民皆保険制度のなかで安心・安全な外国人医療をめざすとき、診療報酬において「医療通訳士加算」の形にすることが望まれる。既に、医療通訳士や遠隔医療通訳会社などプロフェッショナルな医療通訳者が日本国内に存在している時代になった。ポスト・コロナで訪日外国人の増加が期待されるいまこそ、医療通訳士を公的な形で医療チームの一員として迎え入れ、日本が世界に誇る国民皆保険制度のなかに医療通訳サービスが包摂(インクルージョン)されることを期待したい。
中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[SDGs][外国人医療][医療通訳士]