暑くなってきましたね。山下です。前回までの流れを受けて、今回は医療について情報提供義務が問題となりそうな場面を、2つ取り上げてみたいと思います。
1つ目が、高額療養費制度に関する限度額適用認定証についてです。ご存じの通り、この認定証があれば患者としては高額な医療費をいったん立て替えることなく、最初から自己負担限度額までを支払うだけで済みます。たかが立て替えと感じられるかもしれませんが、経済的に不安がある人にとっては医療の受診抑制につながりうる重要な関心事です。
専門家にとってはこの認定証は半ば常識ですが、知人の医療ソーシャルワーカーによると、患者は意外なほど知らないことが多いそうです。たとえば、「病院でこの仕組みを教えてもらえなかったから適切な医療を受けられず、病状が悪化した」と主張して、損害賠償を求める訴訟が起きないとも限りません。積極的な情報提供が望ましいと言えます。
2つ目が、産科医療補償制度についてです。子の出産時に生じた重度の脳性まひに対して、総額3000万円を支払うこの制度は、申請期限がその子の満5歳の誕生日までとなっています。そして近時、補償対象となるための基準が変更されたことを受けて、旧基準のもとで対象外となった子への救済案が各所で報じられています。その報道の中に、次のような文章がありました。
「厚労省が検討する救済対象は、旧基準の個別審査で補償の対象外とされた約500人に加え、何らかの事情で親が審査を申請しなかった子も含む。全体で約2000人にのぼるとみられる」(朝日新聞2022年11月17日朝刊31頁:下線は山下による)。
もし下線部の中に、制度を知らなかったことによって期限までに申請できなかった親が含まれるとすれば、ここにも損害賠償訴訟の契機があることになります。
以上、皆さんの身近なところにも、情報提供の法的義務が隠れていることを感じていただけたでしょうか。もちろん、インフォームド・コンセントをはじめとして、上記以外にもたくさんの場面がありえます。
さて次回は、前々回(No.5160)でご紹介した特別児童扶養手当をめぐる裁判例について、外科医師の先生から重要なご指摘を頂きましたので、その点についてご紹介したいと思います。
山下慎一(福岡大学法学部教授)[情報提供の義務][高額療養費制度][限度額適用認定証][産科医療補償制度]