「ドラッグロス」、2023年の医薬品産業における流行語大賞であったと言ってよかろう。最近では、医療用医薬品だけでなく一般用医薬品(OTC)でさえ、海外で市販薬として買える薬が日本では買えないことを「OTCラグ」と呼んでいるそうだ。処方薬のOTCへの転換が進まないのは、OTC業界の開発力の問題ではないが、医療用医薬品のドラッグロスは、おしなべて日本企業の開発力低下が原因である。
新薬開発については、ドラッグロスの原因の1つに薬価制度の問題が指摘されている。確かに、新薬の公定償還価格が折り合わずに上市されないことは諸外国でも起きている。しかし、日本製薬企業の開発力が落ちていることは薬価制度とは直接の関係はない。1990年代以降、バイオ医薬品をはじめとしたモダリティ多様化と相まって進歩する病態解明技術の革新に多くの日本企業がついていけなかったことが、現在の新薬開発力の低下につながっている。わが国で上市された新薬のうち、新規のモダリティの大半は海外企業の製品であるし、特に市場での伸び率が著しいバイオ医薬品も海外製、話題のアルツハイマーの抗体医薬も製造は海外である。画期的新薬、新規モダリティ開発を海外に依存している状況でのドラッグロスは重要な懸念事項である。
バイオ医薬品開発の立ち遅れは、バイオシミラーでさらに顕著であり、「バイオシミラーロス」と呼ぶべきである。バイオ医薬品開発力のないわが国では、高度な製造技術が要求されるバイオシミラーを独自に開発できる企業もきわめて限定的である。「薬剤費亡国論」とまで騒がれた免疫チェックポイント阻害薬のバイオシミラーも、世界的には2030年前後に上市される予定で、日本以外でのグローバル開発が進んでいる。わが国でバイオシミラーが開発・製造できないことは、バイオシミラーにより薬剤費が節約できても、実際には、海外に巨額の医療財源が流出することに気づくべきである。
ジェネリック医薬品市場は、海外ジェネリック企業は儲かる製品のみを残し、撤退同然である。では、ジェネリック産業は国内での空洞化は進んでいないのか。ジェネリックも、原料・原薬の多くは海外、特に価格の安い中国、インドへの依存が問題視されている通りで、実態は海外依存産業である。問題は、新薬が分子標的薬など製造技術も高度化が求められる中で、それらの特許が切れたあとのジェネリック開発に日本のジェネリック産業がついていけるのかという点である。米国FDAは、公衆衛生上の重要な戦略として世界で初めての「first generic」の開発支援を行っている。欧州も、本稿でもしばしば紹介している欧州医薬品戦略(pharmaceutical strategy for Europe)に示されるように、新規ジェネリックのアクセス促進が重要な産業政策、公衆衛生戦略の1つになっている。
不祥事に端を発して製造力だけに注目したわが国のジェネリックの産業政策には、真の将来を見据えた議論が欠けており、将来的に「見えないジェネリックロス」も懸念される。新薬からバイオシミラー、低分子ジェネリックに至るまで、わが国における医薬品開発力強化のための戦略の見直しが重要である。
坂巻弘之(神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授)[薬価][日本の医薬品開発力の空洞化]