〔要旨〕アミトリプチリン(A)とノルトリプチリン(N)(両薬物)が販売中止の危機にある。その危機的状況を説明するとともに,解決策を探りたい。
Aは現在生産量が半減したため,Nに変更している状況である。そこに,Nの発癌騒動が起きた。さらにAを製造・販売している日医工の経営危機のため,薬価の安いAは生産中止の危機に陥っている。
Nに許容量以上のN-ニトロソノルトリプチリンが含まれていることが判明し,発癌性の危険性があるため,処方中止勧告が住友ファーマから出た。それにより処方量は激減するため,発売中止になる危険性がきわめて高い。N-ニトロソノルトリプチリンに発癌性がある明確なエビデンスはないが,構造が類似した発癌物質であるN-メチル-N-ニトロソフェネチルアミンを参考にすると,1日最大量である150mgを10年間毎日内服した場合の理論上の発癌リスクは約2.3万人に1人が過剰にがんを発症すると評価されている。三環系抗うつ薬(TCA)であるアモキサピンは,同様の理由で2023年2月から出荷停止になった。
Nには発癌性があるというエビデンスはない。百歩譲って,前述の発癌率が確定しても,2人に1人が癌になる現代であれば,無視できる発癌リスクである。系統的総説とメタ解析で,ベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZD)1)やアセトアミノフェン2)には発癌性があると報告されている。エビデンスの観点からは,それらのほうが発癌性が高い。BZDには発癌性のみならず認知機能障害,心血管イベント,骨粗鬆症,常用量依存等の副作用がある。多くの観点から,はるかに危険なBZDが大量処方されている状況で,Nの処方中止は妥当ではない。
Aは体内で主にNに代謝される3)。両薬物は神経障害性疼痛に対する鎮痛薬でもある。大変残念ながら,Aには神経障害性疼痛の適用があるが,Nにはない。ただし,慢性痛患者は抑うつ状態を合併しやすいため,その場合にはNを適用内で使用可能である。
一般論として,Nのほうが鎮痛効果が少し弱いが,副作用も少ない。しかし,患者によってはNのほうが鎮痛効果が強い場合もある。神経障害性疼痛の治療薬として,国際疼痛学会は副作用が少ないNをAの前に使用することを推奨している4)。様々な頭痛の予防薬としても両薬物は有用である。
系統的総説とネットワークメタ解析によると,全研究によるうつ病に対する有効性と忍容性の総合評価では,Aが最も優れていた5)。Nはその研究には含まれていないが,Aの類似薬であることを考慮すると抗うつ薬としても優れていると推定される。両薬物に代わる抗うつ薬は多数ある。しかし,神経障害性疼痛の治療薬としては両薬物に代わる薬は存在しない。
筆者は侵害受容性疼痛以外の痛みには,複合性局所疼痛症候群等の例外を除いて同一の薬物治療を行っている。様々な薬物治療ガイドラインが公開されているが,臨床に使用する場合には問題が起こる。副作用が含まれていない点と,高薬価の薬物のエビデンスが高くなる点である。臨床の場では薬物の有効性のみならず,副作用も考慮して優先順位を決める必要がある。
しかし,ガイドラインは,ほぼ有効性のエビデンスのみに基づいており,副作用はほぼ無視されている。有効性のエビデンスにも注意が必要である。薬価が高く製薬会社に膨大な利益をもたらす薬物は,製薬会社が研究費を負担する頻度が高くなり,薬価が安く製薬会社にあまり利益をもたらさない薬物よりも,有効性を示す報告が多くなる。結果,薬価が有効性のエビデンスに強く影響する。後者の代表が両薬物である。筆者は論文上の有効性と副作用,実際に使用した経験に基づく有効性と副作用,薬価,自動車運転の可否(筆者が知る限り,世界で日本のみの習慣),痛みに対する適応症を持っているかどうか等により,総合判断で神経障害性疼痛(および線維筋痛症)の薬物治療優先順位の2番にAを,4番にNを位置づけている。
鎮痛薬として両薬物がなくてもガバペンチノイドやセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SN RI)がある,という意見がある。それは,SNRIがなくてもガバペンチノイドやTCAがある,という意見と同じである。ガバペンチノイドが有効な患者,SNRIが有効な患者,TCAが有効な患者が各々いる。これらの組み合わせで痛みがさらに軽減する患者もいる。
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