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【識者の眼】「学校教育と免疫」太刀川弘和

No.5239 (2024年09月21日発行) P.66

太刀川弘和 (筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授)

登録日: 2024-09-03

最終更新日: 2024-09-03

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最近、8月終わりになると「夏休み明けに注意」とか「学校に行かなくてもいい」といった報道が大々的にされるようになった。その理由は、ここ数年児童生徒の自殺が増加を続け、特に夏休み明けの月別自殺者数が年間で最も多いことが統計で明らかになったためである。同様に、年間のいじめ件数や不登校生徒数も年々増加している。先日ある中学校に授業をしに行ったとき、各クラスの1割にのぼる生徒が学校に来ていないという現状を聞いて驚いた。

近年子どもたちのメンタルヘルスの悪化が生じている理由について、様々な理由があげられている。曰く、コロナ禍で家庭環境が悪化したとか、家で生きづらさを感じるとか、居場所がないとか、友達と交流できないとか、誰にも相談できないとか、学校で人間関係がつらいとか、教師が十分にフォローできていない、など。個別にはそうだろう。しかし、これらの問題はコロナ禍前からあった。逆に、文部科学省はタブレット端末で生徒が直接相談できるシステムを全国に整備するなど、対策を年々強化している。もし大人に相談できないことが自殺の原因なら、怖い大人がたくさんいた昔のほうが、今より自殺が多いはずである。社会・経済問題の悪化はあろうが、子どもだけメンタルヘルスが悪化する理由にはならない。

不登校の現況を話してくれた先生は「最近は不登校生徒の家に行っても、親が家にあげてくれない。学校がストレスだと言っているのだから、不登校でいいじゃないかと。その考えもわかるが1週間以上学校に行かず、両親がノーケアでは本人は家で1人ゲームをして過ごし、勉強についていけなくなり、そこから再登校は難しい」と嘆いていた。

教育基本法の第1条は、教育の目的を「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を貴び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と述べている。興味深いのは第1条に勉強のことは書かれておらず、心身の成長と健康が目的とされている点である。この法律に照らせば、生徒のメンタルヘルスの悪化は学校教育の失敗であり、逆に言えば子どものメンタルヘルス安寧「のために」、教育が必要なのである。

こころの時代と言われた1990年代以降、精神医学や心理学は、メンタルヘルスの改善には支援と医療が必要と繰り返し強調し、学校に行かないことを間接的に推奨すらしてきた。しかし、精神科医の私が言うのもおこがましいが、個別の患者に有効なカウンセリングや精神医療は、統計でみる限り子どもたち全体のメンタルヘルスを改善することに役立っていない。学校がストレス要因なら、つらいことから逃げてもいいが、問題はその後である。メンタルヘルスの支援言説を過剰に喧伝することは、感染対象を学習して起動する適応免疫機構が衛生的環境では発達しないことと同様に、支援の名のもとに子どもの成長の機会を奪い、子どもがストレスに自ら対応できる人格の形成を阻んでいないだろうか。ヘレン・ケラーが学校に行かなくてよかったのは、優秀な家庭教師がいたからではないか。

太刀川弘和(筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授)[学校教育][いじめ不登校][子ども免疫

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