河西千秋 (札幌医科大学医学部神経精神医学講座主任教授)
登録日: 2025-03-14
2022年度診療報酬改定において、「こころの連携指導料」が新設された。
2020年から日本国内で拡大した新型コロナウイルス感染症の状況下では、当初、著名人の死亡報道もあり、多くの国民が恐怖心をもち、感染性や死亡率などに注目が集まった。しかしその後、経済活動の停滞による企業・個人の破綻、家庭の経済苦やアルバイト失業などによる学生の大量退学、企業の雇い止めといった問題が噴出し、ソーシャル・ディスタンスは心と心のディスタンスへ、ステイホームは孤独・孤立へとつながった。そして、ゲーム依存をはじめとする依存症問題も水面下で拡がり、2020年は、11年振りの自殺者数の増加という事態が引き起こされた。「こころの連携指導料」新設の背景には、このような世相と国民保健上の問題があった。
「こころの連携指導料Ⅰ」の通知文には、「地域社会からの孤立の状況等により、精神疾患が増悪するおそれがあると認められるもの又は精神科若しくは心療内科を担当する医師による療養上の指導が必要であると判断されたものに対して、診療及び療養上必要な指導を行い、当該患者の同意を得て、精神科又は心療内科を標榜する保険医療機関に対して当該患者に係る診療情報の文書による提供等を行った場合に、初回算定日の属する月から起算して1年を限度として、患者1人につき月1回に限り算定する」と書かれている。このように、医療にかかる文書に、「孤立」という心理・社会学的な文言が提示されるのは異例のことのように思われる。安倍政権下で、「孤独・孤立対策」が打ち出され、2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」の職が新設されたが、「こころの連携指導料」新設は、これらの施策に連なる「孤独・孤立対策」の一環であったことがうかがわれる。
筆者がこの話題を出したのには理由がある。ひとつは、まだ「こころの連携指導料」は周知が行き届いていないということがある。薄々この名称を聴いたことがある方でも、算定要件までは知らないかもしれない。算定する際には、予め、かかりつけ医は要件研修を受けなければならないが、原稿執筆時点では、研修を受講することのできる機会は限られている。要件研修には、自殺対策に関する教育要項が多数含まれていることから、研修実施主体は、一般社団法人いのち支える自殺対策推進センターの実施するオンライン研修会か、各年度の「自殺未遂者等支援拠点医療機関整備事業」の受託施設に限られている。筆者の所属する札幌医科大学附属病院は、後者の受託施設として、2022年度から全国各地(札幌市、帯広市、青森市、秋田市、仙台市、神戸市、岡山市、高知市、那覇市)で対面研修を実施してきた。
各地でかかりつけ医からお話やアンケートを頂くと、実際に自殺のリスクを有する患者さんの対応に悩んでいるといった話を聴く。一方、従来、かかりつけ医と精神科医のこのような合同の会では、うつ状態の患者さんを念頭に置いた診療連携の必要性がしきりに強調されてきたのが、現在では、量的には認知症患者さんの診療連携が求められていることを実感する。
今どき、診療報酬算定項目が新設される機会は限られていることからも、当該算定機会をできる限り活用して患者さんの助けとなりたい。この機会をとらえて、さらに地域の診療連携を拡張、深化させていきたいものである。
河西千秋(札幌医科大学医学部神経精神医学講座主任教授)[こころの連携指導料][診療報酬改定]