医師にも数学嫌いは多かろう。しかしこのご時世、医療の世界でも数学、特に確率と統計のリテラシーは必須とされるのが辛いところ。私の業界人向け研修でも次のような問題を出している。先生方もお考え下さい。答は文末に。
「A氏には子が2人いるが、子の性別をあなたは知らない。街でA氏に会ったら男児1人を連れていた。次のそれぞれの状況で、もう1人の子が男である確率は?」
状況1:A氏は「この子は上の子です」と言った。
状況2:A氏は「どちらの子を散歩に連れ出すかはランダムに決める」と言った。
状況3:A氏は「2人のうち少なくとも1人は男の子です」と言った。
これは情報と確率の依存関係を表す「スミス氏問題」という有名な例。ほかにも「モンティ・ホール問題」等の定番がある。興味のある方はググって下さい。
研修ではここから統計学の本題へと話が進むのだが、受講生の多くはこの時点で目が虚ろになる。確率の解説は大抵、腑に落ちないから仕方ない。
統計学の基本概念─標準偏差・誤差、バイアスなど─が怪しい人々も多い。が、講義中は皆あいまいに頷いているので、本当の理解度は講師にはわからない。講義後に「実は私、ついていけなかったです」と告白する正直な方も。
エラソーに講義をしてる私も実は大したことはない。大学では数学で不可点をもらい、追試でなんとか進級した口である。就職後にがんばって勉強して人並みにはなった(と思いたい)。
しかし、現実は厳しい。いくら勉強しても、次々に新たな数学の難敵が登場。最近の薬効評価・疫学では、因果関係の探索法がますます洗練され、初心者の教科書にもフロントドア・バックドア(注:車とは無関係)といった用語がフツーに登場。確率も、最近の入門書は流行の情報科学を念頭に、測度論(集合論を基礎とする体系)による確率の定義から話が始まる。σ加法性やラドン・ニコディムの定理(注:怪獣の名前ではない)などという訳のわからぬ概念を学ばねばならない。そんな概念、30年前の講義では1ミリも習ってないぞ。
うーむ。まさしく「後生畏おそるべし」……だが、そういう教育を受けた研修医を既に指導中の読者もおられるかも。お疲れ様です。
いずれにせよ、この雑文を読んで数学の悪夢が蘇った先生はぜひ本屋へ行き、今の大学1年生の教科書を手に取ってみては? 「昔の教科書と違って、読みやすい!」と驚くはず。数十年で進化したのは医学だけではない。
(クイズの答)状況1:1/2、状況2:1/2、状況3:1/3
興味のある方はたとえばこういう本1)をどうぞ。
【文献】
1) ジェイソン・ローゼンハウス:モンティ・ホール問題. 青土社, 2013.
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[数学][統計学]