著: | 桑島 巖(臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)理事長/東京都健康長寿医療センター顧問) |
---|---|
判型: | 四六判 |
頁数: | 248頁 |
装丁: | 口絵カラー |
発行日: | 2016年09月28日 |
ISBN: | 978-4-7849-4447-7 |
版数: | 第1版 |
付録: | - |
ついに司法の手に委ねられた前代未聞の研究不正事件―─
論文発表当初から疑義を抱き、問題点を指摘し続けてきた医師が真実を闇に葬り去ろうとするあらゆる勢力に抗して、事件の真相に迫る。
「わが国の臨床研究に対する世界的な信頼を回復するために、また事件の再発を防止するために、董狐の筆に倣って真相に迫りたい」(「プロローグより」)
[推薦メッセージ]
「現役の臨床医が、現場から臨床研究の間違いを質し、そのあり方を諭す一冊」―─今村聡 日本医師会副会長
2017年度日本医学ジャーナリスト協会賞 大賞〈書籍部門〉受賞
「1通のメールをきっかけにギリギリと不正を追い詰めていく過程は、推理小説のように読者を引きこむ。東京地裁の公判を欠かさず傍聴して事件の全体像を描く手法も、ジャーナリスト顔負けだ」
プロローグ
2014年6月11日、高血圧治療薬に関わる臨床研究論文不正に関与した疑いで製薬会社の元社員が逮捕されるという事態が発生した。研究論文不正で逮捕者が出るという事例は、医学界のみならず、あらゆる学問領域において前代未聞の出来事である。
遡ること1年4カ月前の2013年2月、日本から発表されていた高血圧治療薬「ディオバン」(一般名=バルサルタン)に関する大規模臨床試験「京都ハート研究」の論文が、内容に数多くの疑義があるとの理由によって掲載誌「European Heart Journal」から撤回処分を受けた。その後、京都府立医科大学から依頼を受けて行われた外部調査の結果、その成績の中に捏造されたデータが多数含まれていたことが判明した。
続いて7月下旬には、やはりディオバンに関わる臨床試験「慈恵ハート研究」でもデータが操作された可能性があることが、慈恵会医科大学調査委員会の報告によって明らかになった。わが国から世界に発信された臨床研究論文に捏造や改竄の疑いがあるというニュースは、わが国のみならず海外のメディアも巻き込んだ大騒動に発展した。
厚生労働省は、わが国の医療の信頼性を損なう看過できない事態として、真相究明と再発防止を目的とした調査委員会を立ち上げ、2013年夏から2014年春にかけて関係各機関と関係者に対する詳細な聞き取り調査と議論を行った。そして厚労省は2014年1月、ディオバンの製造販売元ノバルティスファーマ株式会社と元社員について東京地方検察庁に告発状を提出し、ついには立件、関係者が薬事法違反の疑いで逮捕されるという事態にまで進展したのである。そして、真相の解明は法廷の場に委ねられた。
本事件の重大性は、不正に捏造された臨床研究論文によってわが国の医師が適正な高血圧治療薬の選択を行えなかった可能性があることに加え、何よりもわが国の臨床研究に対する世界的信用を失墜させてしまったことにある。
今回の事件では、医療系ネットでの書き込みのほか、マスコミ関係者の視点によってその顛末が書かれた本も出版されている。それに対し本書は、ディオバン関連論文について発表当初から内容に疑義を抱き続けてきた高血圧の専門家としての視点、また、日本医師会から推薦を受けた厚労省調査委員会委員としての視点から事件の経緯を整理し、問題点を明らかにしようとするものである。
本書では、ディオバンの臨床研究不正にまつわる事件を「ディオバン事件」あるいは「ディオバン臨床研究不正事件」「ディオバン論文不正事件」と呼ぶことにする。この問題が明らかになる最初のきっかけは、京都大学・由井芳樹氏の慈恵ハート研究へのConcern(懸念)が国際的医学雑誌「ランセット」に掲載されたことである。由井氏の投稿がなければ本件は永遠に闇の中に葬られていたであろう。その意味で由井氏の功績はきわめて大きいことをまず銘記しておきたい。
本事件の最終解決は司法の手に委ねられることになった。しかし、二つの論文の発表直後からその問題点を指摘してきた一人の医師として現段階での事実関係を明らかにしておくことは、わが国の臨床研究に対する世界的な信頼を回復するためにも、また事件の再発を防止するためにも有意義と考え、董狐(とうこ)の筆に倣って真相に迫りたいと思う。
下記の箇所に誤りがございました。謹んでお詫びし訂正いたします。