「心筋梗塞(MI)後にはβ遮断薬」―。常識のように語られてきた言葉である。
しかしこの根拠となったエビデンスは、1990年代までのデータである[RCTメタ解析、1999]。再灌流療法はまだ一般的でなく、スタチンやレニン・アンジオテンシン系阻害薬などの心保護薬も使われていない。もっともその後、MI後に左室駆出率(EF)が低下していれば、β遮断薬が心血管系(CV)転帰を改善することがランダム化比較試験(RCT)で示された[CAPRICORN. 2001]。一方、EFが保たれた「MI後EF>50%」例には無効だった[REDUCE-AMI. 2024]。
ではMI後にEFが軽度低下した例(EF>40%)まで含めた場合、β遮断薬は有用だろうか。この点を検討したRCTが2つ、欧州心臓病学会(ESC)学術集会(8月29~9月1日、マドリッド[スペイン])で報告された。
2つの試験結果は真逆となったが、その理由に対する考察も含め、紹介したい。
最初は、「β遮断薬」を有用と結論したBETAMI-DANBLOCK試験(以下、BETAMI)である。オスロ大学(ノルウェー)のDan Atar氏が報告した。
BETAMI試験の対象は、MI発症後14日以内でEF≧40%だった北欧在住の5574例である。ノルウェーとデンマークにて登録された。全例でMIに対し、冠血行再建術が施行されている。ただし「MI以外にβ遮断薬の適応がある」と担当医に判断された場合は除外された。年齢中央値は63歳、84.7%が「EF≧50%」だった。
これら5574例は全例、MIへの標準治療実施の上、β遮断薬「追加」群と「非追加」群にランダム化され、非盲検下で3.5年間(中央値)観察された。
β遮断薬の「種類」と「用量」は担当医の裁量に任せた(結果的に95%がメトプロロール持効錠を服用。開始用量中央値は50mg/日。狭心症に対する最小用量は100mg/日。HFrEFに対しては100mg×2/日)。
その結果、β遮断薬「追加」群では「非追加」群に比べ、1次評価項目の「死亡・重篤CVイベント(MACE)」ハザード比(HR)は0.85の有意低値となっていた(95%CI:0.75~0.98)。治療必要数(NNT)は「48」である。
MACEの内訳は「MI・緊急冠動脈血行再建・脳梗塞・心不全(HF)・悪性心室性不整脈・ペースメーカー植え込み・Ⅱ/Ⅲ度房室ブロック」だが、リスク減少幅が特に大きかったのは「MI」だった(HR:0.73、95%CI:0.59~0.92)。
本試験はデンマーク心臓財団とノボ・ノルディスク財団、南東健康研究プログラム(ノルウェー)から資金提供を受けた。また報告と同時にNEJM誌ウェブサイトで論文が公開された。
一方、β遮断薬追加の有用性を確認できなかったのが、REBOOT-CNIC試験である(以下、REBOOT)。ヒメネス・ディアス財団大学病院(スペイン)のBorja Ibanez氏が報告した。
REBOOT試験の対象は、MI後退院時に「EF>40%」だった8438例である(95%が血行再建術施行)。スペインとイタリアにて登録された。BETAMI試験同様、「MI以外にβ遮断薬の適応がある」と担当医が判断した例は除外されている。平均年齢は61歳、EF平均値は57%だった。
これら8438例はMI標準治療にβ遮断薬「追加」群と「非追加」群にランダム化され、非盲検で3.7年間(中央値)観察された。
β遮断薬の「種類・用量」はBETAMI試験同様、担当医が決定した(その結果、86%がビソプロロールを服用。開始時用量中央値は2.5mg/日。高血圧に対する標準用量は2.5~5.0mg/日。HFrEFには1.25~10mg/日)。
その結果、1次評価項目である「死亡・MI・HF入院」リスクは、両群間に差を認めなかった(β遮断薬「追加」群におけるHRは1.04[95%CI:0.89~1.22])。この結果は、BETAMI試験にてβ遮断薬「追加」群でリスク著明減少を認めた「MI」のみで比較しても、同様だった。「追加」群におけるHRは1.01(95%CI:0.80~1.27)である(vs.「非追加」群)。
ただしREBOOT試験では、β遮断薬「非追加」群の27.9%が、試験開始4年後にはβ遮断薬を服用していた。このクロスオーバーにより、群間差が実際よりも小さく見えている可能性も否定できない。
そこで、β遮断薬「追加」「非追加」群ともプロトコール遵守例のみでの、比較を試みた。しかしやはり、「追加」群における「死亡・MI・HF入院」HR(vs.「非追加」群)は、1.01(95%CI:0.85~1.20)だった。またポジティブだったBETAMI試験で最も多く用いられたメトプロロール服用例のみ(n=309)で検討しても、β遮断薬「追加」群におけるHRは1.20(95%CI:0.79~1.82)だった。
本試験は、スペインの国立心臓血管研究センター(CNIC)と心血管疾患生物医学研究ネットワークセンター(CIBERCV)から資金提供を受けた。また報告と同時にNEJM誌ウェブサイトで論文が公開された。
なぜBETAMI試験とREBOOT試験では、同様のデザインながら正反対の結果となったのか。質疑応答では以下が指摘された。
まず、対象のCVイベントリスクに、両試験間には差が見られる。すなわち、両試験の観察期間は同等ながら(中央値でおよそ3.5年間)、β遮断薬「非追加」群における「MI」発生率は、ポジティブだったBETAMI試験では6.7%であり、REBOOT試験(3.4%)の2倍近い高値である。「HF」も同様だ(1.9 vs. 1.0%)。BETAMI試験の対象はより高リスクだったため、β遮断薬「追加」の有用性が大きく出た可能性がある。
このような差が生じた理由の1つとして、指定討論者であるグラスゴー大学(英国)のJohn GF Cleland氏は、除外基準である「MI以外にβ遮断薬の適応あり」の担当医解釈に差があった可能性を考えているようだ。
ちなみにポジティブに終わったBETAMI試験では、導入基準に合致した1万2326例のうち30%が、「MI以外にβ遮断薬の適応あり」として除外されていた(REBOOT試験では不明)。
これらRCTの個別患者データを用いたメタ解析が待たれる。