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高齢者の認知機能を向上させるdual task(二重課題)とは

No.4711 (2014年08月09日発行) P.64

土井剛彦 (国立長寿医療研究センター研究員)

登録日: 2014-08-09

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

認知症進行予防にdual task(二重課題)がよいとの説があるが,そのメカニズムについて。 (福岡県 T)

【A】

dual task(二重課題)は,実験心理学の分野を中心に検証されてきたパラダイムのひとつであり,2つの課題を同時に実行する際の各々のパフォーマンス変化に着目するものである。複数の課題を同時に処理・実行することは,加齢に伴い難易度が上がり,認知機能低下・障害がみられる患者では実施困難な場合も多くみられる。与えられた複数の課題を適切に処理するためには,各々の課題に対する処理能力に加え,適切な注意配分・分割が必要である。これらの能力はexecutive function(遂行機能)の一種であり,prefrontal cortex(前頭前皮質)を中心とした前頭葉の働きが重要な役割を担っている(文献1)。
1980年代頃から歩行や姿勢制御などの運動課題を扱うdual taskが着目されはじめ,歩行制御に注意などの認知機能がどの程度関与しているかを検証するため,dual taskを用いた実験などが数多く行われてきた(文献1)。それらの知見をまとめると,dual task条件下で得られるパフォーマンスやdual taskによる変化(dual-task cost:たとえば通常の歩行速度とdual taskでの歩行速度を比較し,その変化量を算出)が認知心理学的検査により評価された遂行機能と強く関連している(文献1)。
また,近赤外分光法(near-infrared spectroscopy:NIRS)や脳波計(electroencephalogram:EEG)を用いた研究(文献2,3)では,dual-taskを行っている際に前頭葉における脳活性が上昇することが明らかにされている。
なお,運動と組み合わせたdual taskを行う上で組み合わせられる認知課題の種類は重要な点となる。歩行や姿勢制御を用いたdual taskについてのsystematic reviewによると,計算課題や語流暢性課題などの課題を扱った報告が多く,会話などの課題や短期記憶課題を扱ったものもみられる(文献4)。とりわけ,計算課題や語流暢性課題を用いた際のdual task変化が顕著であるとされている。
近年では,dual taskのトレーニング効果を検証するため,dual taskまたはmulti task(複数課題)のトレーニング効果がランダム化比較試験を用いて検証されつつある。健常高齢者に対してdual taskやmulti taskの要素を取り入れた介入を行うことで,遂行機能が改善するという知見や前頭葉における脳活性が向上することが明らかになっている(文献3)。運動を用いたdual taskを介入として実施したところ,認知症患者に対してもdual taskのパフォーマンスが改善したとの報告もある(文献5)。
筆者らの研究グループでは,アルツハイマー型認知症の前駆的段階でありながら,健常高齢者と同等の認知機能に改善する可能性を持つ軽度認知機能障害(mild cognitive impairment)を有する高齢者100名を対象に,認知機能向上のための複合的運動プログラムを,週に2回の頻度で40週間実施し,その効果をランダム化比較試験にて検証した。複合的運動プログラムは,有酸素運動,dual taskの要素を取り入れた運動(歩行やステップ運動に認知課題を付加したもの),身体活動増進を包括的に実施した。その結果,Mini-Mental State Examination,論理的記憶などの神経心理学検査やMRI画像により評価された脳萎縮の程度において,統計学的に有意な介入効果がみられた(文献6)。
以上,実験的研究から介入研究に至るまでの幅広い知見より,dual taskまたはmulti taskを用いたトレーニングが認知機能に良好な影響を及ぼすことや遂行機能を中心とした認知機能が関与していることが示唆されている。
しかし,これらの効果が認知症の発症そのものにどのような波及効果を有するかはいまだ検討されているものはなく,今後検討する必要性が高い課題のひとつであると考えられる。

【文献】


1) Yogev-Seligmann G, et al:Mov Disord. 2008;23 (3):329-42;quiz 472.
2) Holtzer R, et al:J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2011;66(8):879-87.
3) Anguera JA, et al:Nature. 2013;501(7465):97-101.
4) Al-Yahya E, et al:Neurosci Biobehav Rev. 2011;35(3):715-28.
5) Schwenk M, et al:Neurology. 2010;74 (24):1961-8.
6) Suzuki T, et al:PLoS One. 2013;8(4):e61483.

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