著: | 鈴木眞理(政策研究大学院大学保健管理センター教授) |
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判型: | A5判 |
頁数: | 208頁 |
装丁: | 2色刷 |
発行日: | 2008年03月10日 |
ISBN: | 978-4-7849-4264-0 |
版数: | 第1版 |
付録: | - |
やせることでストレスから逃避を図る患者さん。摂食障害は時代が生み出した病気です。ストレスに対処するコーピングスキルを育てにくい環境の中で、どうストレスと対峙していくか。子ども・思春期ばかりではなく患者さんの年齢も多様化しつつあり、やせてしまって思うようにいかない生活の中で、少しずつでも体を立て直すには、患者さんをどう支えてあげればいいか。お読みください。
1章 こんな場合に拒食症を疑う
1 思春期~青年期の女性がやせて無月経になった
2 初潮が来ない,身長が伸びない,体重が増えない
3 食事量や食事内容や食行動の異常がある
4 病識のなさ,ボディイメージの障害
5 やせに見合わない活動性
2章 こんな症状はないか
1 拒食症を理解するための基礎知識
1.成功しすぎたダイエットは症状である
2.病因:ストレスとコーピングスキル
3.やせたい心理:本人に罪はない,病気によってやせたい気持ちにさせられる
4.相反する行動─やせたい,でも,食べたい
5.人柄まで変わってしまう
6.異常な心理から抜け出せない─やせの擬似安心感
7.拒食症の発病を助長する因子
8.拒食症の慢性化~やせの悪循環
2 身体症状
1.自他覚症状
2.一般検査所見
3.ホルモン所見
3 重篤な身体的合併症
4 後遺症になる合併症
1.低身長
2.骨粗鬆症
3.歯エナメル質障害,う歯,歯の喪失
4.月経の再来の遅延
3章 診断とすぐにすること
1 拒食症の診断
1.診断基準
2.神経性大食症との違い
2 鑑別診断
3 診断後すぐにすること─栄養アセスメント
■栄養アセスメント
4 診断後すぐにすること─緊急入院による内科的治療・栄養療法の適応の判断
5 診断後すぐにすること─精神科との協力体制を必要とする場合
6 診断後すぐにすること─やせの程度による活動制限の判断とその目安
1.運動制限の必要性
2.標準体重60%以下は入院をすすめる
7 小児(15歳未満)の緊急入院の適応と活動制限
4章 治療
1 拒食症の治療の概略
1.治療の最終目標はコーピングスキルの向上
2.栄養療法の意義
3.体重をいかに増加させるか
4.外来診療と入院治療:専門施設での長期入院治療の実情
5.社会復帰
2 治療への導入
1.治療関係をつくる
2.治療の動機を持たせる
3.安心できる療養環境を整える─治療意欲を支える
3 患者さんとのコミュニケーションのとり方
4 プライマリ・ケアでの栄養療法
1.栄養の基礎知識
2.外来での栄養指導
3.栄養療法を支える心理的サポート
5 薬物療法
1.低下した消化機能の改善
2.低栄養による,あるいは再栄養時の浮腫
3.嘔吐による逆流性食道炎と低カリウム血症
4.冷え,むくみ,体力の補助
5.骨粗鬆症の悪化の阻止
6.無月経
7.不眠・不安
8.過食後の抑うつ
6 入院による栄養療法
1.緊急以外の入院目的
2.目標体重と栄養療法の選択
3.入院の栄養療法
7 精神療法
1.一般精神療法
2.他の精神療法
3.精神療法の必要度と期間
5章 患者・家族・学校・職場への対応-実践編
1 具体的な症例・小学生
■低年齢に多い本人の強迫性と家族内葛藤のしわ寄せ
2 具体的な症例・中学生
1.中学受験と心身の負担の多い生活─燃え尽き症候群
2.適応障害といじめ
3.スポーツのためのダイエット
3 具体的な症例・高校生
1.進路の迷いから友人と競うダイエット
2.友人関係のトラブルとリスタート
3.過剰な周囲の期待に負けそう
4 具体的な症例・専門学校・大学生
1.過食と自己嘔吐で通学できない
2.大学の選択
3.家族の問題
4.就職
5.男性例
5 具体的な症例・社会人
1.職場の人間関係でのトラブル
2.キャリアウーマンとしての選択
6 具体的な症例・結婚後
1.結婚後に発症
2.結婚,出産後に発症
3.結婚後に再発
4.遅発例
6章 家族・学校・職場へのアドバイス
1 家族へのアドバイス
1.家庭を安心できる療養の場にするために
2.自立の過程を支えていくために
2 家族教室
■家族教室・問題解決技法の例
3 学校へのお願いとアドバイス
4 職場との連携
7章 資料
1 情報提供と心理教育
1)拒食症の診断
2)拒食症の原因
3)ダイエットは原因ではない
4)拒食症の治療
5)2人の自分
6)拒食症は病気
7)やせのメリット
8)今の気持ち
9)体重の常識
10)栄養の常識
11)体重,代謝,食欲の関係
12)無理なダイエットの困難さ:行き過ぎたダイエットは逃避
13)成功するダイエット
14)モデル,バレリーナ,アスリート
15)体重と能力
16)低栄養の体への弊害
17)飢餓による異常な行動や精神症状
18)やせと体型
19)便通
20)女性ホルモンの不足
21)無月経
22)骨粗鬆症
23)低身長
24)自己誘発性嘔吐の弊害
25)下剤・利尿薬乱用の弊害
26)拒食症の悪循環と慢性化
2 IGF-1基準値一覧
■コラム
摂食障害と低身長
半飢餓実験
医療者は試されている
患者の治療動機と対応
摂食障害患者に多い認知障害
■メモ
各種活動と許可
Refeeding症候群
ここ30年間で、摂食障害の病名は、主としてマスコミを通して広く知られるようになりました。患者数も増加し、発症年齢の低年齢化も特徴的で、小学生から、また上は結婚や出産を経験した成人の発症と高齢化が問題になっています。
摂食障害は決してダイエットの失敗ではありません。ストレスへの誤った対処の結果です。首都圏の小学4?6年生へのアンケート調査で、女児の約70%、男児でも45%がやせたいと思っているとの結果が得られました。おしゃれができる、自分に自信が持てる、人からバカにされなくなる、などがやせたい理由で、小学生ですでにやせが自信や自分の価値につながると認識していることが明らかになりました。
注目すべきは、健康を害してでもやせたいと思う児童がおり、その児童はそうでない児童に比べて他人の評価をとても気にする傾向があり、学校や家庭でのストレスをより多く感じていることが明らかになったのです。やせたい気持ちと本人が受け取るストレスの程度には高い相関があり、ストレスから逃れるために安易にやせにのめりこんでいくという傾向が認められました。これらの児童がすぐさま摂食障害を発症するわけではありませんが、患者予備軍が増加しているといえます。
摂食障害の主要な2疾患である神経性食欲不振症(拒食症)と神経性大食症(過食症)患者は若年女性のそれぞれ0.4?1%、3?5%と推定されています。特に拒食症は、この年代には珍しく、死亡率が5%と高い疾患です。
拒食症はなんとわかりにくい病気でしょう。患者さんがやせる前に「私は……で困っているので助けてください」と訴えてくれたらどんなに楽だろうと思います。しかし、本人でさえ困っていることに気がつかない、言葉を探せない、たとえ訴えても誰も助けてくれないと思いこんでいるのです。やせてしまうと問題はもっと複雑になります。やせによるおかしな行動や精神症状が病気の主人公になり、本人も家族もその症状をどうにかしようと時間と労力を浪費して疲れ果て、本来の問題はますますみえなくなります。発症の低年齢化に伴い、成長、性成熟、骨密度への障害が起こり、これらは後遺症になりうるので、早期発見、早期治療が望まれます。早期に発見して、早期に正確な医療情報を伝え、早期に家族と学校がサポートを開始する、その援助ができるのは学校医や家庭医の医師達です。
患者さんの多くは、最初は、小児科、内科、産婦人科などを受診し、非専門医も摂食障害患者と遭遇する機会が増加しています。診断がなされて専門医療施設に患者を紹介しようとしても、専門医療施設の数は少なく、診察が数カ月待ちなどということは珍しくありません。さらに、思春期の患者は心療内科や精神科になじまない傾向があります。そのため、非専門医の先生方もプライマリ・ケアを受け持たざるをえない状況になっています。
摂食障害は専門医にしか診療できないとお考えではありませんか? 特に拒食症患者さんは受診を拒み、家族も説得できないことが多いのですが、患者さんを小さい頃から診療されてこられた家庭医の先生方へは受診しやすいのです。この先生方は患者だけでなく家族の信頼をも得ており、家族関係についても情報を得やすく、最も良い主治医になりうるのです。
一般外来では診断と鑑別診断、緊急入院の適応の判断、生活強度の決定、合併症の治療などのプライマリ・ケアと栄養療法や後遺症対策、そして家族や学校との連携が必要です。
本書では、忙しい診療の中で拒食症の診療が少しでも簡易にできるように、家族への指導、学校との連携の項目も加え、患者向けのパンフレットや参考書なども提示しました。
摂食障害は時代が生み出した病気だと思われます。コーピングスキルを磨きにくい環境の中で、多様化したストレスに対処できなくなり発病します。大人の社会でも、心身症、うつ病、自殺などストレス関連疾患が増加しています。子どもはそのような余裕のない家族のしわ寄せをも受けながら、実力以上のことを要求されています。たまに羽目を外せば寛容さを失った大人から問題児扱いされ、放課後も塾通いや習い事で、ぼーっとしている時間はありません。
21世紀を担う若い方たちの健康のために、本書が先生方の御診療の一助となることを願っています。
最後に、熱意を持って診療と研究にともに携わってくださっている東京女子医科大学内分泌疾患総合医療センター内科の大和田里奈先生、同女性生涯健康センター臨床心理士の小原千郷先生、家族教室(EATファミリーサポートの会)事務局の榎本さゆりさんに感謝します。