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リンパを淋巴と書くのはなぜ?

No.4798 (2016年04月09日発行) P.64

松本秀士 (立教大学文学部文学科兼任講師)

登録日: 2016-04-09

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

リンパを淋巴と書くのはなぜですか。そのほか,音訳して漢字に置き換えた医学用語にはどんなものがありますか。 (兵庫県 K)

【A】

日本に近代的な西洋の解剖学を伝えた初期の訳書として,『医範提綱』(宇田川玄真,1805年)などが知られています。同書では,今日言うリンパ管を「水脈」,リンパ液を「水液」と呼称し,身体全体を栄養する役目を果たすととらえています。これらの呼称は,神経系が「霊液」の流動によって作動するという当時の西洋医学の「霊液説」に基づくものですが,中医学の基礎となった古代中国の医学書『黄帝内経』の影響もみられます。『黄帝内経』では自然界を流れる河水が,身体の経絡にも脈々と連なっていて,全身を栄養しているととらえています。
一方,今日の解剖学用語のもととなったラテン語のリンパ(lympha)の原義には,澄んだ河水・泉水の意味があります。リンパの訳語として淋巴という漢字表記に使われた「淋」には,水によって土壌を潤すという意味があることをみれば,『医範提綱』などが伝えた西洋の解剖学概念を背景にしたものと考えられます。つまり,淋巴の「淋」は意訳であると同時に,音訳としても成り立つように選ばれた漢字と言えます。しかし,淋巴に使われる「巴」には明確な意図を見出しにくく,音訳としての当て字とみられます。
淋巴の直接的な出典は,『医学用語の起り』(小川鼎三,1983年)の指摘通り,『解剖攬要』(田口和美,1877~82年)に「淋巴」を用いた一連の用語が収録されています。
「淋」という漢字の使用でみれば,『解体学語箋』(大野九十九,1871年)に収録される「淋発」がより早い出典です。『医語類聚』(奥山虎章,1872年)には「列印巴」がリンパの訳語として収録されていますが,これは音訳です。これら2書から「淋巴」の訳語に至ったものとみられます。今では,淋巴は音訳とみなされ,通常はカタカナでリンパと表記しますが,お隣の中国では,日本から伝わった「淋巴」が今日も用いられています。
音訳して漢字に置き換えた同様の用語は特にみられませんが,かつては,人名・地名を冠した用語のときに音訳漢字を当てたことがありますし,今日カタカナで表記する種々の化学物質も,近い音を持つ漢字を当てていました。ただし,ガラスを冠した用語,たとえば,眼球の一部位としてガラス体がありますが,「硝子体」とも表記されます。「硝子」は,本来は「しょうし」と読みますので,厳密には音訳ではありませんが,ガラスと読むこともあります。

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