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SECTION 2 糖尿病と耐糖能異常

登録日:
2018-08-09
最終更新日:
2018-08-15
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  • ◉はじめに
    糖尿病は1型糖尿病(極度のインスリン分泌低下により発症),2型糖尿病(相対的なインスリン分泌不足+インスリン抵抗性で発症),その他の原因による糖尿病(遺伝子異常やステロイドなどの薬剤,他の疾患により発症)に分類される。圧倒的に多いのが2型糖尿病で糖尿病全体の90%以上を占め,生活習慣病の代表とされる。本章では2型糖尿病とその予備群である耐糖能異常(境界型)を取り上げる。以下,本章では2型糖尿病を「糖尿病」という用語で統一して使用する。
    糖尿病は初期の段階では自覚症状がないことが多い。放置して著明な高血糖状態に至れば口渇感や多飲・多尿,体重減少をきたし,合併症が発症すればそれぞれの合併症の症状を自覚する。無症状の時期は検査も受けず,何らかの症状が出現して初めて医療機関を受診する人が少なくない。高血糖が持続すると確実に様々な合併症が発症する。
    医師や医療スタッフはよく「糖尿病は合併症が怖い病気ですよ」と言うが,「合併」という言葉は一般の人には単に随伴しているだけと軽く受け止められがちである。実際は高血糖自体が全身の組織障害を惹起して様々な病気を引き起こすのであり,だからこそ糖尿病はしっかり治療する必要がある。そこで筆者は「糖尿病は多くの病気の原因になる病気です。だから糖尿病自体の症状が何もなくても,しっかり治療しましょう」と話している。また「糖尿病は治る病気ではありません」とも話している。確かに食事療法や運動療法のみで,薬剤を使用せずに血糖が正常化すれば治ったように見えるが,再び過食や運動不足に陥れば血糖は直ちに上昇してしまう。これでは治ったとは言えない。糖尿病は体質に関わる病気であり,体質は治せない。それゆえ糖尿病は一生つき合っていく病気であり,上手くつき合わなければ様々な病気を起こしてしまう。本章では糖尿病をどうとらえ,どう向き合えばよいか,そのための基礎知識を整理した上でアプローチ法について考えたい。

    1糖尿病の基礎知識

    1 血糖調節機序を考える

    1)空腹時血糖の調節機序

    健康人の毎食前の空腹時血糖はおよそ70~100mg/dLの範囲に調節されている。今,就寝前の血糖を100mg/dLとすると,これは血液1dL(デシリットル)中にブドウ糖が100mg溶解していることを意味する。10dL=1L(リットル)だから,血糖100mg/dL=1,000mg/Lである。すなわち,1g/Lになる。成人の全血液量は体重のおよそ1/13(8%)であるから,5L程度になる。すなわち100mg/dL=1g/L=5g/5Lとなる。したがって,今,就寝前の血糖が100mg/dLの人は,血液全体の中にブドウ糖が5g溶けている計算になる。
    人間の体はおよそ60兆個の細胞から構成され,すべての細胞がブドウ糖をエネルギー源として利用している。筋肉活動をしない夜間の安静時でも全身の細胞はブドウ糖を常に消費して細胞生命を維持している。これに必要な量は「安静時ブドウ糖消費量」と呼ばれ,2mg/kg/分と言われている。たとえば,体重60kgの人の場合では,2mg×60kg×60分で7,200mg/時間=7.2g/時間になる。したがって,体格にもよるが大人ではおよそ6~10g/時間の消費量である。就寝前の血糖100mg/dLが翌朝まで同じ値で維持されるには,安静時ブドウ糖消費量と同じ量のブドウ糖が体内のどこかで産生され,絶えず血液中に放出されていなければならない。すなわち,ブドウ糖の消費量と産生量が釣り合っていないと,就寝前の血糖と翌朝の空腹時血糖が同じ値にはならない。このブドウ糖産生を担っているのが肝臓であり,これを「肝糖産生」と呼んでいる。
    図1に示すように,肝臓は「グリコーゲン分解」と「糖新生」の2通りの方法で肝糖産生を行っている。健康人では両者の割合はほぼ1:1である。グリコーゲンはブドウ糖の分子を連結したもので,肝臓と筋肉は細胞内に入ってきたブドウ糖を連結してグリコーゲンとして貯蔵することができる。一方,糖新生は乳酸(ブドウ糖の代謝物),グリセロール(中性脂肪の分解物),アラニン(蛋白質の分解物,必須アミノ酸の一種)を材料(基質)にしてブドウ糖分子を合成する経路である。通常は肝糖産生=安静時ブドウ糖消費量であるが,肝糖産生が消費量より減少すれば翌朝の空腹時血糖は低血糖になり,逆に増加すれば高血糖になる。そうならないようにインスリンが肝糖産生を抑制する方向に,アドレナリンやグルカゴン,ステロイドホルモンなどインスリンと反対の作用をするホルモン(インスリン拮抗ホルモンと呼ぶ)が肝糖産生を促進する方向に調節している。その結果,肝糖産生と安静時ブドウ糖消費量が釣り合うようになっている。なお,インスリンは食事を摂らない夜間や食間にもわずかながら分泌されており,これを基礎分泌と呼ぶ(図2)。一方,食後は血糖上昇に伴ってインスリン分泌が急速に増加するが,これを追加分泌と呼ぶ。したがって,空腹時血糖の調節している機序は肝糖産生であり,肝糖産生をさらに調節している機序は基礎分泌のインスリンと種々のインスリン拮抗ホルモンとのバランスによると言える。

    2)食後血糖の調節機序

    食後血糖の正常値は決められていないが,国際糖尿病連合(IDF:International Diabetes Federation)では食後2時間(食べ始めから2時間)で140mg/dL未満を正常の目安にするよう提唱している。すなわち健康人では1日の血糖が70~140mg/dL程度のきわめて狭い範囲に調節されている。今,食事の代わりに100gのブドウ糖を摂取し,これが5Lの全血中にそのまま入ってくると,100g/5L=20g/L=2g/dL=2,000mg/dLになる。しかし,このような場合でも実際の血糖は140mg/dL程度までしか上がらないのはなぜだろうか。安静時のブドウ糖消費量は6~10g/時間であり,これだけでは説明できない。それ以外の血糖上昇を抑える機序は何であろうか。
    それは肝臓と筋肉が食後に積極的にブドウ糖を取り込むからで,これを「肝糖取り込み」と「筋肉の糖取り込み」と呼ぶ。図2に示すように,健康人の食後の血糖とインスリンの変動はタイミングが見事に一致している。食後の急速なインスリン分泌の増加を追加分泌と呼んだが,この追加分泌されたインスリンは主に筋肉の糖取り込みを促進している。一方,肝臓は食後の血糖上昇に応じてインスリンによらず肝糖取り込みできるが,インスリンの作用で取り込みがさらに増加する。ここで図1に戻ると,食事を摂らない時間帯は,肝臓は肝糖産生を行っていた。肝糖産生は血糖を上げる方向に作用するが,基礎分泌されているインスリンはこれにブレーキをかけ,アドレナリンなどのインスリン拮抗ホルモンはアクセルをかけていた。今,インスリンが追加分泌により急速に増加すると,肝糖産生には強いブレーキがかかることになる。実際には食後2~3時間は肝糖産生が一時的に停止する。これも食後血糖を下げる方向に作用する。したがって,食後血糖を調節している機序は,① 筋肉の糖取り込み,② 肝臓の糖取り込み,③ 肝糖産生の一時的停止,以上の3つである。この3つの機序をさらに調節しているのは,言うまでもなく追加分泌されたインスリンである。そして肝臓と筋肉は取り込んだブドウ糖を消費する以外に,グリコーゲンとして貯蔵する。そして肝臓のグリコーゲンは空腹時に分解されて肝糖産生に充てられ,筋肉のグリコーゲンは筋肉活動時のエネルギー源に利用される。

    2 糖尿病の発症メカニズム

    1)分泌臓器と標的臓器

    ホルモンとはもともと,「刺激するもの」という意味のギリシャ語が語源である。体内で生成されて体内に分泌され,体内で何らかの刺激作用を発揮する因子を意味する。似た言葉にフェロモンがあるが,これは体内で生成されるが,体外に分泌されて自分以外の相手に作用するものである。図3左に示すように,ホルモンは分泌臓器から分泌され,標的臓器に作用して,そのホルモン特有の作用が発揮される。インスリンの場合,分泌臓器は膵臓,厳密には膵臓のランゲルハンス島のβ細胞である。ランゲルハンス島は発見者のドイツの病理学者ランゲルハンスにちなんで命名されたものである。健康人ではランゲルハンス島は膵臓内に100万個程度存在し,個々のランゲルハンス島は1,000個程度の細胞で構成されているが,その80%程度がインスリンを分泌するβ細胞で占められている。インスリンには複数の作用があるが,血糖に関する作用の主な標的臓器は肝臓と筋肉である。

    2)糖尿病の発症機序

    図3右に示すように,結果的に血糖の調節に障害をきたして糖尿病になるのであるから,その原因は,① 膵臓,② インスリン自体,③ 肝臓と筋肉,この3つのステップの異常が考えられる。膵臓における原因は言うまでもなくインスリン分泌異常である。インスリン自体における原因はインスリン遺伝子の突然変異により異常なインスリンが産生される場合である。しかしこれは2型糖尿病ではなく,その他の糖尿病に分類される。肝臓と筋肉における原因はインスリンに対する感受性低下で,これをインスリン抵抗性と呼ぶ。したがって,糖尿病の原因は,インスリン分泌異常とインスリン抵抗性の2つである。

    3)インスリン分泌異常

    図4は筆者が以前に勤務していた東京都済生会中央病院で初めて75g-ブドウ糖負荷試験(OGTT:oral glucose tolerance test)の受検者2,121例のデータをまとめた結果である。境界型809例を除外して,正常型829例と糖尿病型483例の平均値を表示している。


    75g- OGTTで初めて糖尿病型と判定された例のインスリン分泌の特徴は3つある。① 空腹時のインスリンは正常群より低くはない,むしろわずかながら正常群より高い。すなわちインスリンの基礎分泌は低下していない。② ブドウ糖負荷後の血糖上昇と追加分泌のインスリン上昇のタイミングは正常群では一致しているが,糖尿病群ではインスリン上昇が遅れている。すなわち追加分泌の遅延を呈している。③ 追加分泌のピークは正常群と比べて同程度であり,低くはない。以上をまとめると,ごく初期の糖尿病段階ではインスリンの追加分泌が遅いだけと言える。
    インスリン追加分泌のスピードに関する評価には図5に示すインスリン分泌指数(insulinogenic index)を用いる。これが0.4未満だと追加分泌が遅延していると判断するが,追加分泌の遅延は遺伝的要因の関与が指摘されている。糖尿病についてよく「遺伝しますか?」と質問されるが,筆者は「食後のインスリン追加分泌が遅れる,そのような膵臓の体質が遺伝すると考えられています」と答えている。そして「しかし,この体質だけでは糖尿病は発症しません。これにインスリン抵抗性が加わって発症するのです」とさらに説明している。


    初期の段階からしだいにインスリン分泌機能が低下してくるとどうなるかを図6に示す。最初の変化は追加分泌のピークが低下してくることである。そして少し進行すると,基礎分泌が低下してくる。さらに進行すると追加分泌のピークも基礎分泌も著明に低下する。したがって,糖尿病患者のインスリン分泌異常には4つの段階があると考えられる。表1に示すように,第1段階は追加分泌が遅延しているだけで,それ以外には異常がない。この段階では空腹時血糖は正常で,インスリン抵抗性がなければ食後血糖も正常である。第2段階になると追加分泌のピークが低下してくるので,食後血糖が上昇してくる。第3段階では基礎分泌も低下してくるので空腹時血糖が上昇し,追加分泌はさらに低下するので食後血糖もさらに上昇してくる。そして第4段階では基礎分泌も追加分泌もさらに低下するため,空腹時血糖も食後血糖も著明に上昇する。表1に示すように,ドックや健診で空腹時血糖を用いてスクリーニングしていると,第3段階にならないと引っかからないことがおわかり頂けると思う。実際,図7は空腹時血糖が正常であった例における75g-OGTTの負荷後2時間血糖の結果であるが,既に境界型や糖尿病を呈している例も多く存在し,空腹時血糖だけの検査ではこれらの例をすべて見逃してしまうことになる。

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