筆者は,日本医事新報社Webコンテンツとして『在宅でこそ使える漢方薬』1)を上梓した。同著の中で,在宅診療のケースには「人参」と「黄耆」を含む「参耆剤」(補中益気湯,十全大補湯など)が適応となることを紹介した。さらに今回,高齢者の概念でもう一つ大切な考え方「腎虚」を紹介したい。
「腎虚」とは,その名の通り,腎(気)が虚した状態である。腎(気)とは,父母から受け継いだ生まれながらに持っているエネルギーを指し,加齢により腎(気)の量は減少していく2)。すなわち,腎虚の症状とは,下肢の冷え,筋力低下,耳鳴,排尿障害,腰痛,脱毛など,まさに加齢による症状のパッケージである。
西洋医学では,それらの症状に別々のアプローチが考慮されるが,漢方では,加齢による諸症状を腎虚と認識し加療する点が特徴的である。足りなくなった腎(気)を補うのは補腎剤と呼ばれ,代表的な処方が八味地黄丸である2)。補腎剤にはいずれのエキス製剤にも甘草は含まれない。
●補腎剤(の例)
八味地黄丸:地黄,茯苓,山茱萸,牡丹皮,山薬,桂皮,沢瀉,附子
牛車腎気丸:地黄,牛膝,山茱萸,山薬,車前子,沢瀉,茯苓,牡丹皮,桂皮,附子
牛車腎気丸は,八味地黄丸に牛膝と車前子を追加し,附子を増量させた処方である。八味地黄丸を処方して効果が乏しい場合に牛車腎気丸に変更する方法も知られているが,筆者は,上記ケースのように,最初から牛車腎気丸を処方することも少なくない。ただ,八味地黄丸は,メーカーによっては原典に忠実に作られた丸剤もあるため,顆粒(牛車腎気丸)か丸剤(八味丸)かどちらを処方するかを患者と相談して使い分けることもある。「八味地黄丸と桂枝茯苓丸にもちこめば,勝ち戦である」という口訣3)(漢方におけるクリニカルパール)があるように,八味地黄丸(牛車腎気丸)は,漢方薬の中でも長期投与に適している処方ともいえる。
日本の在宅診療患者の8割以上は高齢者である4)。腎虚や補腎剤の概念を知っておくと,在宅診療において次の一手を想起しうる場面があると考えられる。