わが国における予防接種制度は、数年前までは発展途上国並みと揶揄されるほど貧弱であった。そこに2013年4月にHib・小児肺炎球菌ワクチンが定期化、ロタウイルスワクチンが2011/2012年に発売され、任意接種の形で導入となった。幼小児はこれでワクチンの種類は欧米に追いつき、今その効果が見え始めた。それに背くかのように、既に指摘されていたワクチンで予防できる疾患(vaccine preventable diseases:VPD)罹患者に占める年長者の割合が増加傾向にあり、この問題の解決が必要となった。年長者とは、一般的小児科の守備範囲を超えた年齢で一線を画した年齢ではなく、本稿では中・高生から高齢者までを想定して述べる。この年長者にはVPDに関する特有の傾向が見られる。その例として2007年大学生に流行した麻疹、2013~14年40余人の先天性風疹症候群児の出生が社会問題となった。そして2018年4月に沖縄から始まる麻疹の流行も問題となった。これらの現象は当該ワクチンの未接種者や一次・二次ワクチン効果不全者(前者:接種したワクチンが活着しない、後者:活着したワクチンの抗体が経年的に減衰し効果がなくなる)の発症であろう。年長者にVPDの概念が浸透していたならば防ぎえた現象である。これらに関しての理由と対応・対策についての筆者の考えは、概略的内容であるが既に本誌に掲載されている1)。今回はこれを基にさらに肉づけをして考察する。
年長者罹患の理由は規定された形で接種を行っても、理論上一次ワクチン効果不全・同二次不全が存在する。その他に「接種漏れ(接種を忘れた)」、接種回数が「虫食い状況(途中までの接種や接種規定年齢を超えているなどの理由で接種が止まっている)」で十分な免疫を保有していない者、また接種に関し曖昧な記憶、記録の紛失などで接種に欠落があり、その状況が把握できない者等が罹患者となることが多い。現在VPDの多くは全数報告制度となったが、年長者の報告制度が十分に機能していない。そのため報告された年長者罹患数は決して実態を表していない。
年長者の日常の診療ではVPDは希有な疾患で、診断の遅れとなることが多く、その間に家族内の乳幼児や学校、会社などの抗体非保有者への感染源となり罹患者の拡大へとつながる。年長者のVPD罹患は学業、経済活動や安定した社会の維持に影響を与える。高齢者は特に基患疾患保有者が多く、易感染状態や二次ワクチン効果不全となっている場合もあり、その人々のVPD罹患時の基礎疾患に与える影響として、重症経過を経る可能性があり、影響は大きいことが推測される。
過去にワクチンは「子どもが受けるもの」、一度規定の接種を済ませるとそれは「一生もの」という考えが存在し、一般に過去に受けたワクチンの有効性は限りなく続くものと思い続けられていた。それは過去にはVPDの流行は日常茶飯事で、そのため適宜不顕性感染が増幅効果として働いており、その考えが通用する状況下にあった。しかし現在は増幅の機会が少ない環境にあり、また規定の接種を完全に完了していても理論上一次・二次効果不全がわずかながら存在することが確認されているが、それを拾い上げる制度が存在しない。この対策として、生活習慣病健診・職場健診の中にVPDの保有抗体検査を適宜組み込むことが効果的である。小児生活習慣病、先天性循環器疾患等の成人での管理の移行が話題となると同様に、感染症予防対策も乳幼児から高齢者まで連続して行われるべきものである。
VPD対策はある年齢を超えると不必要というものではなく、全年齢層において行われるべきものである2)。それには小児期に規定の種類と接種回数を終え、一定の抗体保有状態となることから始まる。年長者は前述の検査制度を活用し3)、小児期に得た抗体が発症阻止効果を保持し続けるよう管理する。そのためには年長者のVPDに関する社会的認識度・関心度の高揚が必要である。
さらに具体的には得られた結果に基づく補充接種制度の確立も必要である。もし健診に抗体検査が組み入れられないのであれば、疫学的判断に基づきVPDの数種のワクチンを、老人の肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹予防に対する水痘ワクチンのように、検査がなくても一定年齢で再接種できる制度の導入も一選択肢である。いずれどんな形であっても年長者への再接種制度は必要であり、早急に導入されるべきである。
年長者のVPD管理の方策として、次の2つの形があると考える。すなわち、保有抗体検査に基づき、必要なワクチンの補充接種を行う。もう1つとしては、肺炎球菌ワクチンのように、ある一定年齢で補充接種する制度である。母子手帳は「世界に冠たる」ものと評価が高い。これに相当するものが年長者・高齢者に存在しない。予防接種歴、各種の疾患の罹患歴、生涯にわたる健康情報がマイナンバー制度を利用し全国統一基準で記録され、誰でも、どこでも活用できる様式にするのが理想的である。今後このような考えで予防接種が施行されるならば、予防接種制度は小児と年長者(成人)を対象とした2つの考えが必要となろう。
現在の接種制度では年長者のVPD管理は小児より難しく、このままではVPDは年長者の疾患となりかねない。VPD対策は小児と年長者ではその対応が異なる。そのためには、年長者自身がVPDに感心を持つことから始まり、小児のように第三者の行動で行われるものではないことを認識したい。具体的には小児は保護者が医療機関の指導に沿い、接種を順序立てて進めていけば、一応VPD対策は満たされる。一方、年長者は抗体検査による必要なワクチンの接種よりも、一定年齢に達した時に高齢者用のワクチンを定期化で接種するほうが実際的であろう。
年長者こそ隠れたVPD弱者であることに気づき、子ども同様に1本のワクチンの接種を受けることの大切さ、1本のワクチンを怠ることによる損失の重大性を認識するべきである。そして、これまで述べてきた年長者のVPD対策が社会的地位を得ることが望まれる。
【文献】
1)菅野恒治:医事新報. 2016:4812:22.
2)菅野恒治:日小児科医会報. 2014;47:187.
3)菅野恒治, 他:医事新報. 2011;4558:30-2.