V・R・フュックス教授(アメリカ・スタンフォード大学)が本年6月、『医療経済・政策学』を出版しました(“Health Economics and Policy Selected Writings by Victor Fuchs” World Scientific)。教授は世界でもっとも高名かつ現役最高齢(本年94歳)の医療経済学者で、日本だけでなく世界の医療経済学者の多くが教授の著書や論文で育ったと言っても過言ではありません。そこで本稿では、まず本書の概要を示し、次に本書収録論文で、私自身が今まで医療経済・政策学の勉強をする上で特に勉強になったものを紹介します。
本書は、フュックス教授が医療経済学の黎明期であった1960年代から昨年までの50年余に発表した膨大な論文から42論文(実証研究、総説、学会講演録、評論、祝辞等)を収録した「自選論文集」で、全644頁の大著です。なお、教授は『JAMA』の本年9月11日号にも評論「アメリカ医療は非効率か?」を発表しています(320:971-972)。
本書は以下の全8章構成です(カッコ内は収録論文数):①医療経済学(5)、②誰が生きながらえるべきか?(5)、③医療の費用(6)、④国際比較(5)、⑤医療保険(4)、⑥人口と高齢化(5)、⑦医療政策と医療改革(6)、⑧専門職の評価(5.教授が評価する5人の医療経済学者の業績の紹介)。これを見ても、教授の守備範囲の広さが分かります。
各章ごとに教授の序文(Introduction。4〜6頁)が付けられています。その多くは収録論文の解説ですが、一部ではそれら執筆以降の教授の考えの変化も書いています(後述する第2章等)。そのため、すべての序文を読むだけでも、教授の目を通した、過去半世紀の医療経済学の歴史と現状と将来展望を理解できます。その上で、興味を持った論文を読むのがよいと思います。評論10論文のうち8論文の初出誌は『JAMA』または『NEJM』で、このことは教授が過去半世紀、経済学と医学医療の架橋をしてきたことの象徴と言えます。
本書の最後は短い「自伝」("My Philosophy of Life"「我が人生哲学」。1992年発表)で、教授の生い立ち、医療経済学を専攻するまでのプロセスと教授の医療経済学についての基本的考え方を率直に語っています。教授は、最後に、良い政策を作るためには経済学的視点が必要だが、それだけでは十分ではなく、価値判断(values)が重要であることを強調しています。