[要旨]外国人診療には英語が必須と思われがちだが,英語を母語とする在留外国人は8%にすぎない。外国人住民の多い自治体では,窓口手続きや情報提供に多様な言語の通訳者を依頼する代わりに,日本語を母語としない外国人にもわかりやすい「やさしい日本語」を積極的に用いている。時間をかけずに修得できる「やさしい日本語」を医療者が用いれば,外国人診療がより円滑になり,不足している医療通訳者の活動を補うことにもなるであろう。
在留外国人の増加に伴い医療の現場でも,様々な課題が生じている。外国人診療というと,英語が苦手だからとしり込みする医療者は少なくない。しかし,国立国語研究所の「生活のための日本語:全国調査(2009年)」では,英語を母語(最もよくできる言葉)とする外国人は8%にすぎず,それ以外の人で英語ができると答えた人も36.2%にとどまる。一方,日常生活に困らない言語は日本語が62%であった。もう少し新しい法務省の「2016年度外国人住民調査報告書」では,日本語ができる人が8割を超えている(「日本人と同程度に会話できる」[29.1%],「仕事や学業に差し支えない程度に会話できる」[23.4%],「日常生活に困らない程度に会話できる」[29.7%])。在留外国人の出身国(地域)数は194に上るため,それぞれの国の言葉で個別に情報提供するのは困難である。そこで,外国人住民の多い自治体では,転入の際の手続きや生活に関わる情報提供に,日本語を母語としない外国人にもわかりやすい「やさしい日本語」を積極的に用いている。
「やさしい日本語」の考え方は,1995年の阪神・淡路大震災後に普及した。外国人住民は日本人と比べて100人当たりの死者数,負傷者数が,それぞれ1.8倍,2.4倍であった。その原因のひとつに,コミュニケーションの問題があると言われている。震災の極限状態では,コミュニケーション問題が顕在化し,英語が伝わらない,日本語もそのままでは伝わらない,ということが明らかになり,「やさしい日本語」に注目が集まった。
広まりつつある「やさしい日本語」だが,医療者にはほとんど知られていない。しかし,受付けや外来診療,検査や処方薬の説明,病棟での入院生活などにおいて,簡単な会話であれば「やさしい日本語」で十分なことも少なくない。表1に,例を挙げる。
深刻な疾患の説明や専門性の高い治療,インフォームド・コンセントの場面など,患者の母語による医療通訳が必要な場面も必ずある。「やさしい日本語」が医療現場に普及すれば,医療通訳者は最も必要とされるところで活動することができる。「やさしい日本語」と医療通訳の両方の活用が,医療機関には求められている。
厚生労働省が3月に公表した「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査の結果」では,外国人患者を受け入れている病院の2割近くで医療費の未収金が生じ,月平均42万円となることが示された。未収は,意思疎通がうまくいかないことも一因といわれている。神奈川県では,2002年から医療通訳制度の普及を図り,医療ソーシャルワーカーが病院側の窓口になって,医療通訳者と共に相談を受ける体制の整備を進めている。それに伴い,当時2000万円を超えていた未払い医療費の補填(自治体から医療機関への交付)が激減したことが報告されている(沢田貴志,医学界新聞第3314号,2019)。海外には,医療機関で治療費を支払う必要のない国もある。丁寧な説明,また,経済状況や置かれている環境を聴き取りながら療養環境の調整が必要であり,それには,緊密なコミュニケーションが不可欠である。
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