私は今、国際協力機構(JICA)の依頼でタイのバンコクにいる。15年ほど前からタイの国立皮膚科研究所で主にアジア諸国の医師に毎年レーザー医学・美容皮膚科の講義をしているからである。私以外にも日本人医師が講義しているが、私の授業評価が最も高いようである。なぜならば他の先生は研究の話が多いからである。実際私の先輩から、彼らは臨床ができるから下手な臨床の話をしない方が良いと言われたことがある。
世間では日本の医療は東南アジアより進んでいると思われがちであるが、実際は日本の皮膚科治療は東南アジア諸国より劣っている。なぜならば海外では安価で有効性と安全性が確かめられている薬があるのに日本では使えないし、その一方で、海外ではその有効性が証明されていない薬が日本では汎用され、医療費高騰の要因になっているからである。その一例がアトピー性皮膚炎治療である。
アトピー性皮膚炎患者は世界的に増加しているが、日本では重症アトピー性皮膚炎患者が欧米より格段に多い。これらの患者の中には皮疹のため生活に支障をきたし、引きこもりになった患者も少なくない。さらに痒みのために夜も寝られず、精神的にも追い込まれて、自殺した患者もいる。しかもこれらの患者の多くは、長年大学病院や複数の皮膚科で治療を受けていた。そしてこれらの患者が受けていた治療をみると、いずれも共通した特徴があった。それは保湿剤を全身に外用したあとにステロイドを外用する(ステロイドの経皮吸収が悪くなる)とか、ステロイド外用薬を保湿剤と混合して(ステロイドを希釈して)使用するなど、世界標準の治療とは異なるものであった。このようなステロイドを保湿剤で置き換える「減ステロイド療法」は、かつての脱ステロイド療法に近いものであるが、日本各地で広く行われている。そこで不思議に思って調べてみると、これらの治療法はいずれも日本皮膚科学会の教育講演などで繰り返し推奨された治療法であった。
たまたま私が上梓した本1)を読んだ皮膚科開業医が、世界標準のステロイド外用療法を行ったところ、短期間で良くなり、今までこんなに良くなったことはなかったと感謝されたという。そして今まで受けていた治療はいったい何だったのかとも言われたという。もし皮膚科学会が患者のためでなく、製薬会社のために活動しているのであれば、大問題である。
【文献】
1) 渡辺晋一:学会では教えてくれないアトピー性皮膚炎の正しい治療法. 日本医事新報社, 2019.
渡辺晋一(帝京大学名誉教授)[皮膚科]