No.5003 (2020年03月14日発行) P.59
小田倉弘典 (土橋内科医院院長)
登録日: 2020-03-04
最終更新日: 2020-03-04
前回(No.5000「患者の『意思』を把握することの困難性」)、リスクをインパクトと確率の積で表現したが、実は患者はむしろ「恐ろしさ」「不安」と「未知性」の2因子が強い場合、その事象を「リスク」と感じることが従来のリスク認知研究から知られている。将来起こりうる事柄やその確率をすべて示しても、患者の理解は得られないだけでなく不安を増長すると考えられる。
患者の不安解消には、①今生じている不安がどういうものなのかに耳を傾け、②不安の対象はどの程度のものなのかを説明し、③それをどのような方法で制御できるのかを個別の事情に沿って考えるという、3つのステップが肝要と思われる。
現在新型コロナウイルス感染症に、患者も医療者も大きな不安を抱えている。①については、かぜ症状のある人にとっては「自分は感染しているのではないか」という不安の他に、「他人に移してしまうのではないか」が大きい。また診療所に通う一般の患者は「診療所に行くと感染してしまうのではないか」という不安を抱えている。一様ではない患者の不安をよく吟味することが第一歩である。その上で、未知性を補塡する目的で、②として「感染している可能性は高くないこと」「万が一感染していても約8割は軽症ですむこと」「高齢者は重症化のリスクが大きいこと」をお話する。一般の患者には「当院では動線を分けた誘導をしています」などの説明をする。そして③の制御法として「症状がこうなった場合は連絡を」「いつもより人にうつさない心がけを意識して、手洗い、マスク、規則正しい生活を」といった具体的方策を丁寧に説明する。
現状では、以上のような対話を通じて、通院する多くの患者は意外なほど冷静で整然としているのを感じる。日頃から何かあったらいつでも相談できる関係、あるいは場を作っておくことが大切であるし、そのための十全な備えや組織内のマネジメントも大切になってくることをこの危機において今更ながら痛感する。「対話」と「インフラ整備」、これらはいずれもプライマリ・ケアの原点であろう。
むしろ今問題なのは、マスメディア等の情報を過剰に捉えてしまい、不安障害に近い訴えをする人への対応である。また医療者が、上記のような患者の不安に加え、「自らの感染への不安」「自施設で感染疑いの人が出たら」といった自身へも含めた重層的な不安を抱えがちであることも指摘したい。
小田倉弘典(土橋内科医院院長)[リスク認知][新型コロナウイルス感染症]