研修医や医学部学生に「うつ病の人が、抗うつ薬や認知行動療法のような積極的な治療を受けず、一方、自殺や栄養不良は防ぐような環境で生活したらどういう経過をとるか」と質問すると、「うつが続く」、「認知症になる」などの答えが多い。もうひとつ、「ストレスがない状況でもうつ病は起こるか」と尋ねると「ストレスがないはずはない」という答え以外に、「ストレスがなければうつ病とはいえない」との答えもある。
筆者が精神科医になった40年位前の教科書には、うつ病は内因性うつ病と神経症性うつ病がある。後者には性格や環境の影響が大きいが、前者は特にストレスがなくても発症し、自殺や事故さえなければ自然に寛解する、と教えられた。したがって、最初の質問の答えは「自然に治ることが多い」である。近年の精神科診断基準では内因性うつ病という診断名を用いないが、精神科医の中には、治療の思考枠として内因性うつ病が頭にある者は少なくない。
なぜうつ病は「自然に治る病気」ではなく、「医療が治す病気」になったのであろうか。第一に、憂うつ感に苦しむ期間をできるだけ短縮し、自殺や事故を防ごうという重要な目的がある。最近の「うつ病は抗うつ薬療法をしないと治らないし、よくなった後も、十分な維持療法が必要である」という啓発活動は事実を歪めているように思える。製薬企業が薬剤の売り上げを伸ばすために疾患概念を広げようとする動き(疾患喧伝、disease mongering)もあると聞く。また、プライマリケア医による抗うつ薬治療を勧める流れもある。だが精神科診療では、抗うつ薬の副作用としての憂うつ感や自殺念慮を疑うことも少なくない。また、認知行動療法はアメリカにおける精神科入院期間短縮と密接な関係があるらしい。
さて、「ストレスがなくてもうつ病は起こるか」の答えも「起こる」であり、内因性うつ病的なうつ病は自然に起こる。ただ今日の社会、うつ病に限らず、「ストレスはあるか」に対する多くの人の答えは「何かはある」であろう。
最後に、「最近出会ううつ病に典型的な方はいるのか」とよく聞かれるが、周囲が気づいてないだけで少なくないはずである。