No.5068 (2021年06月12日発行) P.59
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
登録日: 2021-05-31
最終更新日: 2021-05-31
日本での新型コロナ・ワクチン接種が過去に例がないほどスピードアップしている。
日本では予防接種の規模を拡大したり、スピードを上げたりという歴史を殆ど持たない。日本の予防接種制度は「仕組み」を役人が作り、あとは自己責任でやってくださいね、という非常に消極的なものだったのだ。しかし、五輪を目前に控え、ワクチンがほぼ唯一のゲームチェンジャーであることが明らかになり、五輪開催までには死亡リスクの高い高齢者のワクチン接種をできるだけ進めたい、という明確な意図が定まり、その意図から逆算されてスピードアップの施策が全方向的に行われている。従来、役所は一度作った書類を訂正するのに多大な努力と無意味な時間を浪費していたが、ワクチン接種のスピードを落とすと批判された予診票はあっさり改定された(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_yoshinhyouetc.html)。やればできるのだ。菅首相と河野担当大臣のリーダーシップと担当官僚の努力と覚悟に敬意を表したい。
さて、これでワクチン接種が進めば念願の五輪開催となるだろうか。ここに懸念材料がある。変異株である(variantsの訳語には諸論あるが、変異株が一番使いやすく、人口に膾炙しているので僕はこれを用いる)。
ワクチン接種を進めて感染者数が激減した英国で、再び感染者が増加し、実効再生産数が1を超えたという報道が最近なされた(https://www.cnbc.com/2021/05/28/uk-cases-of-covid-variant-identified-in-india-double-in-one-week.html)。インド由来の変異株B.1.617.2が急増しているのだ。幸い、このウイルスには「2回」接種したワクチンの効果は期待できるそうだ。英国ではファイザーなど多種多様なワクチンを用いている(https://www.bbc.com/news/health-55274833)。英国では1回目のワクチン普及は7割程度、2回済ませたのは4割程度だ。日本よりもかなり先を行っている英国のワクチン接種事業だが、それでもこのB.1.617.2の急増には追いつけないかもしれない。
日本で見つかっていたインドのウイルスは主にB.1.617.1という別のウイルスだった。しかし、このままでは早晩、B.1.617.2も国内で広がることが懸念される(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2551-lab-2/10353-covid19-44.html https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-variants/)。報道によると日本はインドの変異株の監視体制を強化するそうだが、「監視」を強化してもウイルスの広がりは止まらない(事実、英国の変異株は一気に日本中に広がってしまった)。
世界の対コロナ戦略は、次々出現するコロナの変異株とワクチン・ロールアウト(どんどん広範囲にスピーディに接種する事業)とのかけっこの様相を持ち始めた。五輪という明確なタイムリミットを持つ日本はこのかけっこに勝てるだろうか。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]