これまでの本稿でも紹介してきた通り、今回のガイドラインの改訂にあたって、生命維持治療を差し控え/終了すると決めた場合の緩和ケアに関して盛り込むことをハイライトの1つとしている。そこでひとつ避けたいのが、「緩和ケア」が「安楽死(euthanasia)」といった言葉と混同されてしまうことである。
現版のガイドラインの本文中「I、基本的な考え方・方法」の中の「2. 延命措置への対応 2)延命措置についての選択肢」という項目において、延命措置を減量、または終了する場合の実際の対応として、4つの選択肢を例示した。その後に、「上記の何れを選択する場合も、患者や家族らに十分説明し合意を得て進める。延命措置の差し控えや減量および終了等に関する患者や家族らの意向はいつでも変更できるが、状況により後戻りできない場合があることも十分に説明する。患者の苦痛を取るなどの緩和的な措置は継続する。筋弛緩薬投与などの手段により死期を早めることは行わない」と書かれている。
ここでは、「患者の苦痛を取るなどの緩和的な措置」と「筋弛緩薬投与などの手段により死期を早めること」が対比して述べられている。前者は「緩和ケア」に、後者は「安楽死」にあたると考えられる。過去には、前者は「消極的安楽死」、後者は「積極的安楽死」と表現されたこともあったが、欧米の文献に照らすと、そのような表現はもう用いるべきではないようだ。
2016年に欧州緩和ケア学会が発表した「安楽死と医師による自殺幇助に関する白書」1)では、「安楽死」を「医師(またはその他の者)が、薬物の投与により、意思決定能力のある個人の自由意志による要請に応じて、故意に人を殺すこと」と定義している。その説明分の中で、「『安楽死』はあくまでも自発的なものである」ことが明記され、「文献や世間の議論では、いわゆる『積極的』安楽死と『消極的』安楽死を区別することがあるが、この区別は不適切である。なぜなら、『安楽死』は定義上、積極的な行為であるため、『消極的』安楽死は矛盾した表現である」としている。
欧米諸国では、「安楽死」や「自殺幇助」が合法化されている国や州もあるが、本邦ではそれらは認められておらず、違法に当たる。生命維持治療の差し控え/終了に「消極的安楽死」という言葉を用いることは、医療現場において日本では違法とされる「安楽死」を連想させ、法的懸念を徒に助長してしまう可能性があり、また、上述した白書で指摘されている通り、言葉の使い方としても不適切であると思われる。
実は、現版のガイドラインでは「安楽死」にあたるような医療行為の例示として「筋弛緩薬投与などの手段による死期を早めること」を挙げているが、「安楽死」という言葉そのものは出てこない。改訂版のガイドラインでは「生命維持治療差し控え/終了後の緩和ケア」が「安楽死」とは異なることに関しても、説明を加えなければ、現場での法的懸念が払拭できないのではないかと感じており、今後、議論していくことになると思う。
【文献】
1)Radbruch L, et al:Palliat Med. 2016;30(2):104-16.
伊藤 香(帝京大学外科学講座Acute Care Surgery部門病院准教授、同部門長)[安楽死][緩和ケア]