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【識者の眼】「世の中の反応と医学研究成果」野村幸世

No.5083 (2021年09月25日発行) P.62

野村幸世 (東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)

登録日: 2021-09-01

最終更新日: 2021-09-01

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医学研究には基礎的研究と臨床的研究がある。臨床的研究には、いわゆる臨床試験の結果というような純粋な臨床的研究も存在するが、強く臨床応用を目指した基礎的研究というものも存在する。

私は、若い頃から研究のトレーニングは主に基礎的研究の指導を受けてきた。しかし、かたや外科医でもある私は常にその先にあるものは臨床であると意識していた。時々耳にする学会での基礎的発表に対するレベルの低い質問に「それで、それがどんな役に立つのですか?」というものがある。基礎的研究がどのようにいつ臨床に役に立つかはわからない。しかし、多くの長年の基礎的研究があってこそ、臨床も進歩する。

昨今、免疫チェックポイント阻害剤が癌治療に応用されるようになった。私は2017年に免疫を有するマウスに移植できるYTNという細胞株の発表をした。私自身はとても有用なものを作成したつもりで、皆が使ってくれれば、と思った。しかし、最初の発表の時の反応は、「そんなものを作ってどうするの? 無駄なものを」と会場から言われた覚えがある。しかし最近になり、やっとこの細胞の使用を希望される研究者からの問い合わせが増えてきた。

現在、大きく世界を救っている新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチンであるが、このシステム自体は10年以上前に米国の女性研究者が開発したものである。しかし当時は全く評価されず、彼女は大学を追われることになる。それが、今回の新型コロナウイルスの流行で、改めて注目を浴びることとなった。

物事に対する価値を見出せるのも能力のうちである。その能力がなく、自分だけの価値観に凝り固まっていると、目の前に素晴らしいものがあっても素晴らしくは見えないということである。指導的立場にある人間は新しい物の価値がわかり、それを受け入れていく能力を常に培っていく必要があるだろう。そのためには自分の価値観が絶対的なものではないことを自覚し、他人の意見に耳をかたむける柔軟な脳が必要である。

野村幸世(東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)[価値を見出す能力]

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