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【識者の眼】「精神的負荷がかかった医療通訳者は誰が支えるのか」南谷かおり

No.5088 (2021年10月30日発行) P.61

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2021-10-13

最終更新日: 2021-10-13

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日本に在住20年以上の中国人30代女性。食欲低下と心窩部痛で受診したが、胃癌で既に腹腔内リンパ節と左卵巣に転移していた。本人は日本語が堪能で医療通訳無しで受診していたが、内縁の夫が中国人で日本語は片言しか話せず、また後に中国から来日した両親への説明で通訳者が呼ばれた。患者も通訳できたが、本人にとって辛い内容をさらに両親やパートナーに告げさせるのは酷であり、当院の医療通訳者に託した。加えて医師も医学的な内容を正確に伝えるには、医療通訳者の介入を望んだ。

外国人患者が日本語をネイティブ並みに話せても、通訳できないことがある。例えば臓器移植でドナーとレシピエントの間に利害関係が生じる場合だ。ドナーがすべてを理解した上で臓器を提供するのかを確認するためには、レシピエントが通訳者では故意にリスクや摘出後のQOL等についてドナーに伝えないことも考えられる。ドナーが身内であっても洗脳、または強要されている可能性も否定できないため、それは変わらない。以前、レシピエントになる日本人患者の妻が外国人で、ドナーは海外に住む妻の弟というケースがあった。わざわざ義理の兄のために来日してドナーになるとは臓器売買の疑惑と本当に親族なのかという疑問が生じたが、海外在住で姉弟関係の証明も難しく、最終的には通訳者を介してドナーの意思が確認できたため手術が行われた。

胃癌が見つかった中国人女性には3人の子供がおり、末っ子のみが現在のパートナーとの子供だった。実はパートナーの男性も持病で当院に通っており、毎回医療通訳者が付き添っていた。今回胃癌の通訳で相手の女性や子供も知ることになり、複雑な家族構成も判明した。女性は終末期を在宅で過ごすことを望み家族に見守られて亡くなったが、残された両親と内縁の夫は仲が悪く、遺産相続と親権でもめたらしい。その後、死亡診断書や子供の認知に必要な複雑な手続きをMSWと通訳者が支援した。男性にとっては勝手がわからない異国で、さぞかし心強かっただろう。しかし、患者の死や家族の対立に巻き込まれ、相当な精神的負荷がかかった医療通訳者は誰が支えるのか。当院では国際診療科内で患者情報を共有しているため通訳者が悩みを一人で抱え込むことはないが、派遣の医療通訳者の場合は挫折しないよう精神的負担や2次受傷に対するケアは大切である。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療][医療通訳]

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