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【識者の眼】「ナラティブとフェイク」岩田健太郎

No.5146 (2022年12月10日発行) P.59

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2022-11-29

最終更新日: 2022-11-29

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ナラティブ・メディスンについてはかなり入れ込んで勉強していた時期がある。『ナラティブとエビデンスの間』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)という本を訳出したこともあるくらいだ(https://www.medsi.co.jp/products/detail/3326)。

EBMがエビデンスを土台に医療を提供していくのに対して、ナラティブ・メディスンは患者の言葉に立脚して医療を展開する。もちろん、患者の言葉を根拠に適用できるエビデンスの模索がなされるため、両者は対立概念ではなく、むしろ相互補完的な概念だ。こんなふうに普通は両者は説明される。僕もそう説明してきた。

しかし、最近はナラティブという言葉をあまり聞かなくなった。流行りのピークを過ぎたのか、それとも別の理由があってのことか。

個人的には、以前からナラティブについては疑問もあった。教科書で語られる患者の「ナラティブ」がなんというか、「いい話」に収斂しすぎな印象があったのだ。

実際の医療現場では、患者の話は必ずしも、いい話ばかりではない。人間の嫉妬心、悪意、差別感情、怠惰、バイアス、勘違いなどドロドロとした「ナラティブ」は多い。あと、患者が嘘をついていることもある。海外ドラマ“ドクター・ハウス”の台詞「患者は嘘をつく」である。実際にはハウスは「Everybody lies」と言ってるのだけど。

「ナラティブ」が好きな医療者にはドロドロも嘘もない、ファンタジーな世界を信じ込んでいる人がたまにいる。それは美しい「物語」ではあるが、リアルではない。ファンタジーの世界にのめり込んで「ナラティブ」をやってしまうと、思わぬ反作用が生じてしまうこともある。典型的なのは「反ワクチン」だ。

僕の外来でもワクチン接種後の諸症状に苦しむ患者は多い。実際の「副反応」を見出すのも大事な仕事だが、同時によく見るのがワクチン接種後の身体化、DSM-5でいうところのsomatic symptom disorderである。「ワクチンの副反応でこんなに苦しい」と言う患者に、「これはワクチンの副反応ではないと思います。そうでないという認識で症状を治していきましょう」と繰り返し説明するのが肝心だ。患者の話を真に受けて自分が反ワクチンになってはいけない。

患者の言葉に耳を傾け、対話を繰り返すのは真実に肉薄して患者の治癒をめざすためだ。患者の「物語」に医者がのめり込んでしまい、患者とともにルサンチマンを募らせては本末転倒だ。ナラティブは所詮、患者を支援するためのツールにすぎない。ツールは役に立ってなんぼである。ナラティブは美化したり過大評価せず、クールに使いこなすことが肝要なのである。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[反ワクチン]

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