中学生のころだったろうか。目の前がかすむ眼鏡や、関節を曲がりにくくするサポーター、手足に重りをつけるなどして「高齢者を体験する」授業があった。その状態で杖をつきながら校内を回ったとき、先生は言った。
「高齢者の方々はこんな状態で日々暮らしているんだと知ることが大事」「高齢者が暮らしにくいのは本人のせいではなく、社会の側が高齢者を暮らしにくいようにしているのが問題」と。
現在でもこのような高齢者体験イベントは行われているし、それ以外にも障害や病を疑似体験する企画には様々なものがある。障害や病を持っている人が生きにくいのは、本人のせいではなく社会の側に問題がある、というのは「障害の社会モデル」と呼ばれ、その状況を改善するために社会の側が変わっていく必要がある、とはその通りである。
一方で、こういったイベントとはまた別の見せ方があることも知っておいてよい。たとえば、ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)というイベントがある。このDIDでは、完全に光が遮断された空間に入り、そこを視覚障害を持つ方が案内(アテンド)してくれるのだが、この空間においては完全に障害者と健常者の置かれている状況が転換してしまう。暗闇の中での鬼ごっこ、席についての食事など、僕らが暗闇を恐れてほとんど動けない中、アテンドの皆さんが自由自在に動きまわっていることに感嘆する。この空間においては、健常者と思っていた自分たちのほうに助けが必要であり、障害を持っている「社会的弱者」と思われがちな方々のほうがうまく生活ができるのだ。
ここで重要なことは、特殊な環境においては障害を持っている人のほうが「優れた状態になる」と知ることではない(その「優れた」もあくまで健常者の価値観である)。障害の体験イベントなどで「障害の社会モデル」を知ること、ひいては「障害者を健常者のレベルに引き上げるという、健常者が優れた状態であるという発想は間違っている」と知ることができることは重要ではあるが、それは逆の見方をすれば「健常者である自分たちが、障害を持っている方々のところまで目線を下げてあげるのが良い」という、やはり上から目線なメッセージ性を側面として持っていることは否めない。大切なことは、障害や病を持っていても、持っていなくても、すべての人が自分の生き方を発揮して社会に参加していける、という価値観を広めていくことである。
監修:福島沙紀(臨床心理士・公認心理師)
西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[障害の社会モデル][DID]