幼児期は言語発達に重要な時期であり、良質で豊富な言語刺激が必要だ。その阻害要因として難聴があるが、難聴がなくても、幼児期は複数の音から1つの音を分離聴取する能力が発達途上のため、音環境に配慮が必要である。
難聴は1%前後の新生児に認められるだけでなく、幼児期は滲出性中耳炎等による難聴罹患率が高い。幼児の難聴は、特に片耳だと気づかれにくい。一般に一側性難聴は言語発達に影響しないとされているが、やや遅れる症例もあることが判明している。騒音下では難聴のある側から話しかけられても気がつかないなどで誤解されることもあり、当事者による支援が開始されている。
自閉スペクトラム症も、騒音下で言語音の聞き取りが悪化しやすい。多数の音の中から特定の音に注意を向けて分離聴取するのが困難なことと、聴覚過敏を訴える症例も多い。良好なコミュニケーションのためには、静かな環境が必要である。
一般の住環境では常時声を張り上げないといけないほどの騒音があることは稀だと思われるが、意外にも保育所(園)や幼稚園では音環境が劣悪なことがある。
待機児童対策は進んだが、高架下や幹線道路沿いにも保育施設がつくられるようになった。これらの地域は、環境基本法に基づく騒音の基準が住宅地より緩い。一方、住宅地では園児の声や音が、近隣住民の受忍限度を超えるかどうかが争われる。つまり、保育施設が迷惑施設と化しており、騒音環境に追いやられるか、住宅地でも防音・遮音工事と住民の理解が必須になる。
遮音した保育室では、内部の騒音、すなわち園児の出す声や活動に伴う様々な音も問題となる。聞こえるようにと皆が大声を出しはじめると悪循環に陥り、保育士の音声障害(嗄声)も多い。壁や床がむきだしだと反響によって室内騒音が大きくなりがちなので、吸音が必要になる。吸音の指標は部屋の残響時間であるが、残響自体も言語音の聴取を妨げる。
このように、保育施設の音環境改善には遮音と吸音が必要であるが、両者を含む基準はようやく2020年に日本建築学会によってつくられた。これを遵守すれば、聞き取りに困難のある児を含め、保育の音環境の改善が期待され、保育士の声のトラブルも減ることであろう。
【参考文献】
▶ 荒井隆行, 他:日本音響学会誌. 2016;72(3):129-36.
https://doi.org/10.20697/jasj.72.3_129
▶ きこいろ 片耳難聴の情報・コミュニティサイト.
https://kikoiro.com/
▶ 志村洋子:日本建築学会による「保育施設の音環境」推奨値について. 保育施設の室内音環境改善協議会公式サイト.(2021年10月6日)
https://hoiku-otokankyo.org/reference/1878/
森 浩一(国立障害者リハビリテーションセンター顧問)[保育施設の音環境][残響時間][言語発達]