No.5206 (2024年02月03日発行) P.34
中村悦子 (社会福祉法人弘和会「訪問看護ステーションみなぎ」管理者)
登録日: 2024-01-23
最終更新日: 2024-01-23
令和6年1月1日は、私にとって忘れられないお正月になった。
実はこの日は午前中に休む予定だったが、前日の12月31日の夜、倒木による停電が起きたため、婚家にいた私は家族が食べたお正月料理を片付けて、市内にある事業所に避難していた。年末に大雪が降り、その折も3日間の停電があり避難したため、事業所には簡単な着替えや食べ物やお水を用意していた。
1月1日はスタッフが3名で訪問看護にあたり、私は月末の請求業務をしていた。
1人が訪問に出ており、3人で事業所にいたときに悪夢のような衝撃が走った。
最初の揺れで「お! 地震だ!」と立ち上がった。すぐに収まったので座りなおそうとしたときに大きく揺れ、キャスター付きの椅子に座っていた男性看護師が椅子から滑り落ちて机の下に吸い込まれるようにして入っていき、まだ引っ張られるように机の下から出てきた。少し揺れが収まった時点で、3人で外に出ると、隣の家のブロック塀が倒れて訪問車の後ろのガラスが割れていた。駐車場の地面は異常に隆起して、液状化が始まっていた。
次の瞬間「津波が来るかもしれない」と車からコートを取り出して、3人で高台に逃げた。とにかく高台に向かって走った。
どのくらいの時間が経過したのか覚えていないが、高台から自法人の小規模多機能に連絡を入れた。土砂災害警戒区域に建物があるからだ。管理者は電話で「順番に避難させています」と答えたので、我々も応援に入った。
津波警報はなかなか解除にならなかったが、ライブカメラなどを見ていた住民の、大丈夫ではないかという言葉を信じて、福祉避難所となっている自法人の「地域生活支援ウミュードソラ」に避難した。
携帯の充電はわずかであったが、電気がきていたので充電しながら休んでいる職員や訪問看護の利用者さんの安否確認に入った。
翌日は怖くて車が運転できなかったので、歩いて行ける患者さん宅には歩いて訪問した。
訪問看護の間に連絡のつかない利用者さんの安否を確認し続けた。
救援物資が届くまでは近所から避難してきたお母さんたちにお米を炊いてもらい、おにぎりを食べた。翌日、水やお米、カップラーメンなどの物資が届いた。
ありがたかったが、これでは飢えをしのぐだけであることは地域栄養ケアを実践する看護師として認識していたため、SNSなどで友人たちに「たんぱく質と食物繊維が欲しい」と発信した。
1月3日、東日本大震災の際にキャンナス(訪問ボランティアナースの会)として支援に入った仲間が、富山のキャンナス高岡野村のメンバーを連れてきてくれた。思わず抱き着いて号泣してしまった。
その後、山梨県の古屋聡医師が率いるフルフル隊(口腔ケア実践チーム)も駆けつけてくれて、切れ目ない支援を受けることができるようになった。
私は訪問看護の利用者さんの安否を確認しながら支援物資を分別したり、物資の届かない避難所に配布したりするなどの活動を続けた。
我々の避難先には電気は来ていたが断水が続いていたため、感染症の蔓延が危惧された。
高血圧やトイレ歩行が不安で水分を控えることや、運動不足が原因で便秘を訴える人も多くなった。
歯科医や歯科衛生士が、誤嚥性肺炎を回避するために口腔ケアグッズをたくさん持参して、悪路の中をいつもの3倍の時間をかけて駆けつけてくれた。
トイレの水も流せないためにビニール袋に新聞紙を敷いて、カットした紙おむつを置いて排泄してもらったり、ラップポンという簡易トイレなどを活用したりした。
このように感染対策を図りながら、避難してこられた方には「しっかりとたんぱく質を摂って、この避難所を出る日に備えてください」と伝えつつ、魚肉ソーセージやサラダチキンなどを提供し、物資の中から水分とバナナやミカンなどの食物繊維やビタミンの摂取も推奨している。
福祉避難所であるおかげで物資には恵まれたが、当初は避難所によって食事も届いていない場所もあると聞いている。一つの箱にいろんなものが詰め込んであり、仕分けが大変な場合もある。必要な人に必要なだけ支援や物資が届く仕組み作りは急務であると思う。
現在、被災地は未だ行方不明の方もおり災害関連死も増えてきている。そんな中で、我々は住民に市外の安全な場所への避難を呼びかけている。
私自身,嫁いだ家も実家も住むことが難しい。
この先にどんな人生があるかも見えていないが、生きているということは、まだまだ何かミッションがあるのだろう。
どこが住処になっても生き抜く力を持ち続けていきたいと思う。
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