先日、ある学術集会の特別企画で司会を担当した。タイトルは「教えてくださいあなたの働き方─理想と現実─」である。4月から開始される「医師の働き方改革」に対応した企画だ。
発表は5名の医師に仕事の経歴、理想と現実について語って頂いた。その後で司会者2名を加えてフリートークを行った。発表ではそれぞれの演者が赤裸々に、しかも気負うことなく語ってくれた。どんな理想を持ち、どんな修練を積み、現在はこんな仕事をしています、というのが見えてくるようだった。発表後、全員が壇に上がり、私が一人ひとりに質問する形でフリートークが始まった。私は、2・3番目の発表者に同じ質問をしたいと思った。
お二人の発表内容はこうだった。2番目の医師は女性で、若いときに国際貢献のできる外科医になりたいと考えた。厳しい外科研修を続けたが、大学卒業後9年で結婚して子どもも生まれた。生活が変わったため、外科医として働くことも海外で働くこともできず、現在緩和ケア医として地域医療を担当している。
3番目の医師も女性であった。小児外科のキャリアを積み、小児泌尿器の最先端医療を学ぶためにイギリスの小児病院に留学した。日本に帰国し、身につけたスキルを発揮しようとしたときだった。実家の医院で院長をされていた父親が病気で倒れ、発表者が跡を継がなければ医院を継続できなくなった。発表者は父親の跡を継ぐことを選び、今は医院の院長として働いている。
私は二人に同じことを聞きたかった。「お二人は若いときに抱いた理想の自分と、今の現実の自分は違っていると思います。理想の自分を求めて努力したことを無駄だったと思いますか? 若いときに理想と思った自分とは違っている現在の自分をどう思いますか?」
お二人の答えは、驚くほどに一致していた。「若いときに勉強したこと、厳しい修練を積んだこと、それは直接的に現在の仕事にはつながっていません。しかし、その経験が今の私をつくっていると感じています。また、医師を長くやっていると、この仕事には余計な経験をすることで初めて人の気持ちがわかるようになるという側面があることに気づきます。回り道をたくさんした自分だから今の仕事ができている、と誇りを持って仕事をしています」
私もずいぶん回り道をしてきた。そして、この二人の医師とまったく同じ気持ちでいる。私は「僕たちはこれでよかったんだ」と思った。セッションの会場を出たとき、私は晴れ晴れとした気持ちになっていた。
小豆畑丈夫(青燈会小豆畑病院理事長・病院長)[医療と制度⑪]