Dr.Delon Human
WMA事務総長
医の倫理の基礎を作った人たちにはヒポクラテスなどがいます。彼らが医の倫理について書にまとめたのは2000年以上も前のことです。信じがたいことに、医の倫理を教えるために医師が普遍的に利用できる基礎的なカリキュラムは今日までありませんでした。この空白を埋めるために『WMA医の倫理マニュアル』が初めて作成されました。このたび本書が刊行されるに至ったことを大変名誉に思っています。
本書の構想は1999年の第51回WMA総会にまでさかのぼります。各国の医師会を代表して世界から集まった医師が、「医の倫理と人権をカリキュラムの必須科目とすることを全世界の医学校に対して強く勧告する」ことを決議しました。これを受けて、すべての医学生と医師を対象とした、医の倫理の基礎教材を作成する準備が始まりました。本書はWMAの方針を踏まえていますが、WMAの方針文書そのものではありません。WMA倫理部門が指導してとりまとめた、世界規模での創意と意見交換の成果であると言えます。
現代の医療ではきわめて複雑で多面的な倫理的ジレンマが引き起こされています。医師はこれらに適切に対応する準備が多くの場合できていません。本書は、医師の倫理的な思考と実務を強化し、これらのジレンマに倫理的な解決策を見出すためのツールとなるように構成されています。「正しいことと誤ったこと」のリストではなく、健全で倫理的な意思決定の基礎となる医師の良識を高める企画なのです。そのためいくつかのケース・スタディが紹介されており、チーム内での議論だけでなく、個人的に倫理について熟考するときにも役立つようになっています。
倫理と信頼という枠組みのなかで、科学的知識と治療との交流を促す独特な人間関係という患者・医師関係に携わることは、医師に与えられた名誉ある権利であると思われます。本書では医師が関わるさまざまな関係において生じる問題を扱っています。その根底にあるのは常に患者・医師関係です。最近、人的および資金面の制約などに直面していますので、本書は倫理的な行為を通してこの絆を強化する必要性を示しています。
最後になりますが、医の倫理の議論においては常に患者が中心です。倫理上、治療に関わるどのような決定においても患者一人ひとりの最善の利益を第一に考えるべきだということは、ほとんどの医師会の基本政策において認められています。この『WMA医の倫理マニュアル』が、医学生や医師が日頃直面する多くの倫理問題を解決に導き、患者第一(TO PUT THE PATIENT FIRST)という原則を実践する方法を見出す一助となれば幸いです。