株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

「令和6年版厚生労働白書」第1部をどう読んだか?[深層を読む・真相を解く(146)]

No.5237 (2024年09月07日発行) P.58

二木 立 (日本福祉大学名誉教授)

登録日: 2024-08-30

最終更新日: 2024-08-30

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

厚生労働省は8月27日、『令和6年版厚生労働白書』(以下、「白書」)を閣議報告し、公表しました。副題(第1部のタイトル)は、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」です。今回の「白書」は昭和36年度版以来67回目の白書ですが、副題が「こころの健康」の白書は初めてです。

近年は、私からみるとカタログ的白書が多かったのですが、今回の「白書」は当事者・国民に寄り添う姿勢・視点を貫いており清々しさを感じました。以下、まず第1部の構成・概略を紹介し、次に私が注目・共感した点を書き、最後に私が疑問に思った点を率直に書きます。

第1部の構成と概要

第1部は以下の3章構成です。第1章 こころの健康を取り巻く環境とその現状、第2章 こころの健康に関する取組みの現状、第3章 こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に。

第1章に先立つ「はじめに」の最後で、「WHO2022報告書」を参考にして、「こころの健康」と「こころの不調」を定義しています(4頁)。後者の定義は「精神障害や社会的障壁により継続的に日常生活または社会生活に相当な制限を受ける状態を指し、重大な苦痛、機能障害、自傷行為のリスクを伴う精神状態を含むもの」とされています。両者はそれぞれ、WHOのmental healthとmental health conditionの定義を参考にしているそうです。私は、「こころの健康とこころの不調の関係性」について、「精神障害を含むこころの不調を抱える人であっても高い水準でこころの健康を保持することも可能」であることを強調していることに注目しました(4頁)。

第1章では、生まれてから老いに至るまでのライフステージ全般におけるストレス要因について整理し、また現代社会の特徴的な側面であるデジタル化の進展、これらに伴う孤独・孤立の深刻化などについても、こころの健康の観点から取り上げています。

第1章第1節で、(暮らしを支える地縁・血縁といった「つながり」は、希薄化の一途をたどってきた)(38頁)と認めているのもリアルと感じました。

第2章は、こころの健康に関する最近の法改正や施策の現状を概観しています。これは通常の白書の記述とほぼ同じで、2020年代に入ってこの分野の法改正や施策が急速に進んでいることがよく分かります。私は、「勤務時間インターバル制度」が2019年に法制化され、事業主の努力義務になったにもかかわらず、それの「導入予定はなく、検討もしていない企業は、80%を超えている」ことに驚きました(115-116頁)。ただし、法改正・施策と現実とのギャップの記述があるのはここだけです。このような記載がもっとあれば、「白書」の信頼性がより増したと思います。

第3章は、あらゆる人が自らの心身の状態と上手に付き合いながら、こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会づくりに必要な取組みについて考えています。

「おわりに」はWHOの健康に関する格調高い一文で結んでいます。

「社会環境」「社会的要因」等を重視

次に「白書」を読んで、私が特に注目または共感したことを3点述べます。

私が最も注目・共感したのは、第1部全体で何度も、「こころの健康」を取り巻く「社会環境」、「社会的要因」、「経済的な事情」、「社会的環境や職場環境」、さらには「関係性の貧困」を強調していることです。第3章で、今後「必要な取組み」について、まず「当事者の意思の尊重と参加」をあげ、次に「地域や職場におけるこころの健康づくり」と「社会の意識変容」をあげ、最後に「一人ひとりの取組み」をあげているのはその表れと感じました。

この点は、いわゆる「生活習慣病」について、従来の白書等が、患者の自己責任・個人的要因偏重の説明をしているのと対照的です。

それだけに、「白書」が「生活習慣病」という用語を何度も(無批判に)使っているのは少し残念です。ちなみに天畠大輔参議院議員は、本年5月14日の参議院厚生労働委員会で、私の主張を引用しつつ、「生活習慣病の名称見直しを重ねて求め」ました。

なお、公平のために言えば、2024年度から始まる「健康日本21(第三次)」では、「国民一人ひとりの健康への取り組みの基盤として、社会とのつながりやこころの健康の維持・向上などの社会環境の室の向上が必要」としています(2頁)。

デジタル化のマイナス面も指摘

2番目に共感したのは、「急速なデジタル化の進展」・「社会のデジタル化」・インターネットの影響について、そのプラス面だけではなく、マイナス面にも触れていることです。この点も、最近の政府・厚生労働省文書が、医療DX、介護DXをはじめ、DXのプラス面のみを強調しているのと対照的です。

私は特に、「デジタル庁が実施した調査によると、社会のデジタル化を良いと考える人は全体の半数をわずかに下回っており、急速なデジタル化にとまどいを覚える人も少なくない」と明記していることに注目しました(38頁)。この調査結果は、紙の健康保険証の発行を本年12月1日で終了することがいかに無謀かを示していると思います。

「にも包括」について詳しく説明

3番目に注目し、勉強になったのは、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」(略称「にも包括」)について詳細かつ、踏み込んで書いていることです(132頁以降)。「にも包括」について、白書が(第2部を含めて)これだけ詳しく書いたのは初めてと思います。

私は特に、(精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムは、地域共生社会を実現する仕組みである)と明言し、「制度・分野の枠や『支える側』と『支えられる側』という従来の関係を超えて…」との地域共生社会の鍵概念を用いて説明していることに注目しました(132頁)。

「にも包括」の説明で、「長期在院者などの地域社会への移行」に触れ、(長期在院者への支援に当たっては、医療機関と市町村等の連携強化が必要である)と強調していることにも注目しました(150頁)。厚生労働省の従来の「にも包括」の説明は、なぜか、この点に触れていませんでした。

疑問に感じた2点

私は「白書」第1部を大枠では高く評価しており、できるだけ多くの方が読まれることをお薦めします。最後に、2つの小さい疑問を書きます。

第1は、第1章第1節中の「高齢期・老年期」の記述(喪失体験と生活の不活発、高齢者のこころの特徴)がステレオタイプなことです(19-20頁)。高齢期・老年期は、それ以前の時期に比べはるかに個人差が大きいことも指摘すべきだったと思います。

もう1つは、第2章第2節で、改正障害者差別解消法は「障害者権利条約の理念である障害の『社会モデル』の考え方を踏まえている」と書いていることです(129頁)。

障害者運動団体等の間でこのような主張があることは知っていますが、私は「社会的要因がある」ことと、社会の側にすべての原因があるとする「社会モデル」は異なると思います。2006年に国連で採択された障害者権利条約に先だって、2001年にWHO総会で可決された「国際生活機能分類(ICF)」は、医学モデルと社会モデルの「2つの対立するモデルの統合に基づいて」、「生物・心理・社会的アプローチを用い」ているとされています(『ICF国際生活機能分類』中央法規、2002年、18頁)。そして障害者権利条約はこのICFを前提にして作成されました。「白書」自身が、先述したように、4頁では「こころの不調」を「精神障害や社会的障壁により…」と定義しています。


日本福祉大学名誉教授・二木 立

にき りゅう:1947年生まれ。72年東京医歯大卒。日本福祉大学教授・学長などを経て2018年4月より現職。著書に『医療経済・政策学の探究』『2020年代初頭の医療・社会保障』(いずれも勁草書房)など

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top