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【識者の眼】「性染色体と『認識の誤謬』」渡部麻衣子

No.5239 (2024年09月21日発行) P.63

渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)

登録日: 2024-09-04

最終更新日: 2024-09-04

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パリオリンピックにおける日本選手団の健闘ぶりを、ここスウェーデンでもうれしく観ていました。一方で、深く考えさせられたのは、女子ボクシング出場選手の性別をめぐって生じた議論です。この議論によって、性別は染色体だけで決まるわけではない、という内分泌学的事実が広まったのならよかったのですが、はたしてどうでしょう。

選手たち個人のSNSには誹謗中傷が数多く届き、1人は訴訟を検討中だと伝えられます。日本語で読めるWeb記事のコメント欄にも、選手たちを「男性に違いない」と断定し、女子種目に出場すべきではないと非難する主張が散見されました。個人的には、議論の対象となった選手たちが、昨年、世界ボクシング協会から出場資格を剝奪されるまで、一貫して女性として戦ってきたのに、強くなった途端に「女性ではないはず」と騒ぐのはおかしいのではないか、ほとんど「女性蔑視」なのでは、と思います。

一方、いくつかの要因から、選手たちを「男性に違いない」と断じてしまう心理も理解はできます。中でも一番重要な要因は、選手たちがXY染色体を持っていると伝えられている、ということでしょう。

高校生物では、XXは「女性」の、XYは「男性」の性染色体であると学びます。ですから常識的には、XYを持っている人を「女性」と認識するのはなかなか難しいのでしょう。しかし、人の性別の実際は、多くの人の常識とは異なります。日本内分泌学会Webサイトの「性分化疾患」の説明には、女性であれば必ずXXを、男性であれば必ずXYを持っているわけではないことが、より正確に記されています。

科学史家のSarah S Richardsonハーバード大学教授の主張に基づくと、この正確な理解を歪める、性別をめぐる「認識の誤謬」をまねいているのは、XとYを「性染色体」と名づけたことにあると言えます。教授の著作『性そのもの』1)によれば、XとYを「性染色体」と名づけることには、当時の生物学者の間には異論もあったそうです。Richardson教授は、著作の中で「性染色体」と名づけることによって生じた学術上の問題を指摘しましたが、今回のオリンピックで生じた議論は、性染色体という名称が、社会の中で人を傷つける可能性を示したのではないでしょうか。今一度、「性染色体」という名称は再検討すべきだというRichardson教授の提案に、耳を傾けてみては、と思います。

訂正:前回の記事(No.5233)の中で、Annaさんが仕事を終える時間を15:00としていましたが、ご本人より、正しくは17:00である旨訂正頂きました。大変に失礼いたしました。

【文献】

1)Richardson SS:性そのもの ヒトゲノムの中の男性と女性の探究. 法政大学出版局, 2018.

渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[性別性染色体

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