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【識者の眼】「生活習慣病と呼ばないで」岩田健太郎

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2024-10-01

最終更新日: 2024-10-01

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往時、「成人病」を「生活習慣病」にあらためるよう提唱したのは故・日野原重明先生だ。

日野原先生のご高名と功績について、ここであらためて説明する必要はないだろう。日本医学史上に残る大巨人である。

しかし。日野原先生は2つの大きな失敗をしたと僕は思っている。1つは医学教育における「富士研ワークショップ」と呼ばれる医学教育者のためのワークショップをつくったこと。まあこれは一長一短なので全否定はしないけれど、日本の医学教育界の「成人教育のふりをした幼児教育」の悪しき伝統をつくってしまったと僕は辛く評価をしている。が、この話はここではこれ以上深入りはしない。

もう1つは「生活習慣病」の提唱だ。糖尿病や心臓疾患などを「生活習慣の積み重ねにより発症・進行する慢性疾患」と位置づけてこのように呼称した。ほかにも「非感染性疾患」という名称もあるようだが、あまりにも語呂が悪いこともあってまったく定着していない。オリジナルは世界保健機関(WHO)のnon-communicable diseases(NCDs)である。

確かに、多くの慢性疾患は生活習慣と深く関連している。しかし、生活習慣が疾患のすべての原因なわけではない。生活習慣と無関係に糖尿病や心疾患、がんを発症する人も多い。こうした疾患に罹患することで「生活習慣がだらしない人」という間違ったスティグマを生じてしまう問題はあまりに大きい。

そもそも、感染症だって生活習慣と深く関与している。COVID-19対策の多くが生活習慣に強く影響してきたのは周知のことだ。セックスも立派な生活習慣だから、性感染症だってここにカテゴライズされるだろう。というか、そもそも感染症はいくつかのがんの原因なのだから、WHOの分類も整合性を欠くのだ。B型肝炎ウイルスしかり、HPVしかり、EBVしかり、である。

こうして考えてみると「生活習慣病」(およびNCDs)とは科学的論理的厳密性を欠く、かなりアドホックで決めつけの大きなカテゴリーなのだ。粗雑な分類をそのままに放置し、多くの患者に不要なスティグマを与えてきた医学界や厚生労働省の罪は大きい。「偉い人には逆らえない」医学界にはびこる権威主義もこのような誤判断の遠因ではなかろうか。

セックスは健康リスクだが「セックスをするな」は単一解ではない。「生活習慣病」には医療界の健康至上主義、ヘルシズムが見え隠れする。

健康は価値だが、唯一の価値ではない。医療界が一般社会に嫌な顔をされるのはそのためだ。それを我々は、COVID-19で思い知ったはずだ。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[生活習慣病][非感染性疾患

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