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【識者の眼】「“自分が正しい”ってことは、“他人を裁ける”ってことではない」大野 智

No.5243 (2024年10月19日発行) P.68

大野 智 (島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)

登録日: 2024-10-03

最終更新日: 2024-10-03

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科学的裏づけの乏しい治療法を利用している人に対して、医療者が辛辣な言葉を投げつけているのを、先日、SNSで目にした。上から目線を伴う語気の強さと見え隠れする承認欲求で、あまり感じのよいものではなかった。おそらく、医学的に正確な知識を提供すれば、人は合理的に最適な選択をするはずである、との考えでSNSへ投稿したのであろうが、行動経済学の研究でそのロジックは否定されている。さらに人は自分の信条に反するデータや意見を提示された際、かえって自身の信条に固執したり相手の意見に反発したりする心理的傾向(バックファイヤー効果)を持っている。SNSの投稿者は、そのことを知らなかったのだろうか?

がんなど命に関わるような病気と診断されれば、誰もが動揺し、不安に襲われ、冷静な判断ができなくなる。つまり、一時的とはいえ意思決定能力に課題を抱えている状態になっている。そのようなとき、心の隙間に入り込むように詐欺的な手法で科学的根拠の希薄な商品を売りつけるようなことはあってはならない。これは筆者も強く願うところである。しかし、患者の意思決定能力に課題がある場面で、医療者の態度に問題や改善点はないのか? 本稿ではこれについて考えてみたい。

イギリスには意思決定能力に課題がある人々の権利を保護し支援するための包括的な枠組みとして意思決定能力法(mental capacity act:MCA)がある。法律の5つの基本原則は次のようになっている。

1. 意思決定能力があると推定すること
2. 意思決定を支援するあらゆる努力をすること
3. 賢明でない意思決定も尊重すること
4. 意思決定能力がない場合は本人の最善の利益のために行動すること
5. 最小限の制約で目的を達成すること

ここで、1〜3を医療現場に当てはめて具体的に言い換えてみる。

①患者が不安に襲われ冷静な判断ができないような状態であったとしても、意思決定能力は「ある」ことを前提にコミュニケーションを図る
②医療者は患者の意思決定能力を向上させるような支援(エンパワーメント)のために、最大限の努力をする
③周囲からみて不合理な選択をしたからといって、意思決定能力がないと決めつけない

医師は、ともするとパターナリズム的思考に陥り、冒頭で紹介したようなことを口にしやすい。意思決定能力法の考え方に基づけば、法律違反にもなりかねない。「医学的に正しい」ということは、人を裁いたり断罪したりしてよいということを意味しているわけではない。ましてや人を傷つける免罪符にはならない。もちろん、筆者自身への自戒の念を込めて。

大野 智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)[統合医療・補完代替療法(58)]

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