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【識者の眼】「医療現場を変えるAI」渡部欣忍

渡部欣忍 (帝京大学医学部整形外科学講座教授、帝京大学医学部附属病院外傷センター長)

登録日: 2025-01-20

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『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウン氏の著作『オリジン』は、主人公のロバート・ラングドン教授が、未来科学者で億万長者のエドモンド・カーシュによる「人類の起源と未来」に関する発見を追う物語です。カーシュがその発表中に暗殺され、ラングドンとスペイン王子のフィアンセであるアンブラ・ビダルは、カーシュがつくった最先端AI「ウインストン」の助けを借りて真相を解明しようとします。科学と宗教の対立をテーマに、物語は「人類はどこから来て、どこへ向かうのか?」という問いにせまるエンターテインメント作品です。魅力的な名脇役であった「ウインストン」が、実は影の主役であったことが最後に明らかになります。本書を読んだとき、自分が生きている間にこんなAIを使える日は来ないだろうと思っていました。

『オリジン』が発表された2017年からわずか数年後の2020年代に入ると、 AIは著しく進化し、中でも大規模言語モデル(large language model:LLM)が注目されるようになります。OpenAIが開発したChatGPTは、膨大なデータセットを基に、自然な会話や文書作成、知識の検索、翻訳、創造的なアイデアの提供など、多様なタスクに対応できるようになりました。ChatGPTを使いはじめた当初、プロンプトへの入力は英語がほぼ必須でしたが、驚くべきことに1年後には言語の壁は崩壊しました。音声認識システムを含めて、「ウインストン」と大差がありません。

医療分野におけるAIの活用は急速に進んでいます。画像診断支援、診断支援、ロボット支援手術、遠隔医療、リスク予測による予防医学、薬剤開発支援、医療記録作成、文献の要約・整理、患者サポート、医療業務の自動化……。

AIの医療分野への応用は大きな期待とともに問題も提起することになるでしょう。たとえば、LLMが膨大なデータセットから学習して診断法や治療法を提案した場合、その情報の正当性や正確性をどのように担保するのか? 学習データに含まれるバイアスをどのように排除するのか? LLMの提案を受け入れた場合に、患者の安全性に誰が責任をもつのか? 目の前の患者に対して包括的情報から得られる治療法の適用性をどう判断するのか? 医師のLLMへの依存と技能の低下をどう防ぐのか?患者とのコミュニケーションの希薄化が生じないか? などです。

と、ここまで書いてきてこれらの課題は、 EBM(evidence-based medicine)の場合と同じではないかと思いつきました。すなわち、この両者には「情報の質と信頼性」「臨床現場への適用性」「判断の透明性」という3つの共通した課題があります。

EBMでは、エビデンスと患者個別性の間に医師が介在することで、バランスの取れた判断が可能でしたが、進化し続けるAIは、やがて医師の判断を凌駕するようになるでしょう。医療におけるAIの役割と医師の価値を再定義し、共存の方法を模索する必要が生じるかもしれません。『オリジン』におけるカーシュの「人類の未来」予測と同じように。

渡部欣忍(帝京大学医学部整形外科学講座教授、帝京大学医学部附属病院外傷センター長)[医療AI][EBM]

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