学術論文のオープンアクセス(OA)化が、商業出版社が設定する高額購読料への対抗、また、科学研究を支えた納税者への研究成果の速やかな還元の観点から進められてきたことを、本連載の第2回(No.5219)および第3回(No.5229)、第4回(No.5238)、第5回(No.5257)において紹介した。学術論文のOA化はまた、デジタル時代における新たな可能性を求めて、模索されている。
学術出版において、デジタル化とインターネットの普及は、革命的であった。これまで学術情報を共有するには、学術雑誌が印刷・郵送され、図書館でラベリング・開架されてから、研究者が図書館に赴き、必要な論文等を探し、コピー・閲覧する必要があった。これらの作業が膨大であったため、学術雑誌に掲載される情報は、確実かつ優れた研究成果に限定されていた。また、その質を確保するための査読プロセスは、学術情報の共有にさらなる遅延を生んでいた。
しかし、学術雑誌が電子化され、インターネット上に置かれると、学術情報は瞬時に世界に共有される。しかも、物理的スペースも不要になることから、学術雑誌が分厚くなりすぎることを恐れて、論文を厳選する必要がなくなる。また、萌芽段階にある研究アイデアや初期的な成果なども共有可能となる。
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理論物理学分野では1991年に、査読前の論文(プレプリント)を共有する「arXiv」を開設した。その後、その他の分野も徐々に参入したが、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、情報の迅速な共有が必要となり、医学やライフサイエンス分野において「medRxiv」や「bioRxiv」が設置され、プレプリントの利用が大きく伸びた。
プレプリント段階の情報共有と査読、正規の学術出版を一体化しようとする試みもある。F1000ResearchやeLife、BioMed Centralなどでは、投稿された論文を簡易的なスクリーニングのみでサイトに公開し、閲覧者が査読を当該論文の掲載サイトに付す。これは「論文出版後査読」といい、査読期間中の情報共有も可能とする。また、査読者名や査読内容も公開する「オープン査読」や、査読者間でディスカッションし、一定の共通見解に基づく査読を付す試みも行われている。これらは査読プロセスに透明性をもたらす。
PLOSなどのOA誌は、問題のフレーミングと研究手法、結果、考察が適切な論文をすべて出版する。これにより、ネガティブリザルトや、比較的に平凡な研究も収録可能となり、新規性の高い研究成果のみが出版される「出版バイアス」を回避することができる。
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一方、OA誌の収入は論文掲載料に依存するため、査読の基準を必要以上にゆるめる危険性と常に隣り合わせである。これを悪用する、所謂「ハゲタカ雑誌」も横行し、研究業績を必要とする研究者の弱みにつけ込み、APCが負担されれば、事実上、査読なしで論文がOA出版されるケースが散見される。このため、OA誌への論文投稿に否定的な研究者も一定数いる。
しかし、本稿で紹介したように、OA誌はむしろ、学術情報の迅速な共有や、査読の適正化、ビジネスモデルなどに関連して、革新的な試みを多く行っている。その査読の基準が、従来からの学術雑誌に比べて緩いとしたら、それは、より幅の広い研究動向を取り上げようと試みているからであり、その志自体は評価されるべきである。
OA誌を一概に侮蔑視するのではなく、アカデミアはデジタル時代に適切な学術情報流通のあり方を改めて、検討したほうがよいのではないだろうか。
船守美穂(国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授)[論文のOA化][プレプリント][ハゲタカ雑誌]