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【識者の眼】「Z世代の選択が浮き彫りにする医療制度の影〜抜本改革への呼びかけ」河野恵美子

河野恵美子 (大阪医科薬科大学一般・消化器外科)

登録日: 2025-03-25

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先日、通勤電車に揺られながら、スマホでドラマ『ドラゴン桜2021』を視聴した。

「国はな、お前らにはバカなままでいてほしいんだ。それが本音なんだ。何にも疑問も持たず、何にも知らないまま、調べないまま、ただひたすら制度に従い働き続け、金を払い続ける国民であってほしい。それを別の言葉で言いかえると何だ?」

「馬車馬だ」

この台詞を聞いたとき、外科医たちの姿が脳裏をよぎった。高い倫理観と使命感を抱き、制度に従い、働き続ける外科医。「24時間365日、外科医であれ」と教育され、労働者としての権利や制度の知識を学ぶ機会はきわめて少ない。自分の健康や家族との時間を犠牲にし、報酬は時間単価で換算するとコンビニのアルバイト以下になることもめずらしくない。この現状は、桜木建二の言う「馬車馬」に相当しないか? 私の頭の中に浮かんだ疑念は、医療現場では不謹慎で、権利意識の高い、利己的な考えだとお叱りを受けるかもしれない。

最近では、保険診療制度の限界を感じ、若手医師を中心に自由診療へとシフトする動きが増えている。もちろん、患者の生命を守ることをなおざりにし、権利主張ばかりをするのは医師として論外だ。しかし、コスパやタイパを重視するZ世代の医師たちを一方的に非難するのも筋違いな気がしている。むしろ、彼らの選択は、制度そのものの問題を浮き彫りにしているのではないか。働き手に過剰な負担を強い、自己犠牲を前提とした現行の仕組みが根本的な問題だとすれば、それを見直すことこそが本当に必要な議論ではないかと思う。

日本の社会保障制度が設計された時代は、人口が増加し、高齢化の進行も緩やかだった。若い労働力が社会を支える基盤として機能しており、医療を含む社会保障制度はその上に成り立っていた。しかし、日本の人口は2008年を境に減少し、2025年は「団塊世代」の800万人全員が後期高齢者となり、国民の5人に1人が高齢者という超高齢化社会に突入する。その結果、社会保障、主に医療、介護、年金といった分野は限界に直面している。

政治による医療制度改革は、過去にもたびたび議論されてきたが、抜本的な答えにはたどり着けていない。その背景には、医療費負担増への国民の反発、財源不足、既得権益による抵抗、制度の複雑さと透明性の欠如などがある。2024年の自民党総裁選挙では、9人も候補者がいながら、社会保障・医療政策にほとんど誰も言及しなかった。このような重要なテーマが政策議論の中心から外れている現状は違和感しかない。

外科医は高い職業意識と自らの仕事に対する誇りを持ちながら、厳しい環境下で診療に尽力してきた。しかし、抜本的な医療制度改革が行われない限り、外科医の待遇改善が望めないことは明らかだ。持続可能な医療を実現するには何をすべきか。現場の医師が声を上げ、政治家や国民とともに社会全体で議論を深めることが必要なのではないか。

河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[社会保障制度][医療制度改革外科医

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