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深層学習 [フィロソフィア・メディカ2(10)]

No.4848 (2017年03月25日発行) P.68

中田 力 (新潟大学名誉教授・カリフォルニア大学名誉教授)

登録日: 2017-03-24

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  • ヒトの脳と機械の脳

    2016年3月、世界の囲碁界に衝撃が走った。
    Google DeepMindが開発したコンピュータ囲碁プログラム、AlphaGoが、世界で一、二の実力を誇ると言われている韓国のプロ棋士、李世乭九段との五番勝負で4勝1敗と圧勝したのである。
    ゲームの世界においてやがてヒトはコンピュータに勝てなくなる。
    誰もが理解していることであった。それでも、負けを認めるのには辛いものがある。チェス、将棋と、急速なコンピュータソフトの進歩に徐々に追い込まれていた人間であったが、複雑度の高い囲碁は最後の砦だと思われていた。一流のプロ棋士がコンピュータに負けるようになるのにはまだまだ時間がかかるだろうと、誰もが高を括っていたのである。前評判は李九段の全勝であった。AlphaGoが1つでも勝てれば上出来であると言われていた。
    人間界に流れていたそんな楽勝ムードが変わったのは最初の対戦が中盤に差し掛かった頃だった。
    Googleは全世界にYouTubeを通して実況放送を行っていた。英語の解説は日本で活躍するカリフォルニア出身のプロ棋士、Michael Redmond九段だったが、日本では囲碁・将棋チャンネルという専門チャンネルがインターネット上で無料放送を行い、その解説を高尾紳路九段1)が行っていた。長年の囲碁ファンの私も実況放送に釘付けになったが、序盤の頃は、高尾九段もAlphaGoの打つ突拍子もない手に呆れていたのが印象的だった。
    ところが、知らないうちに盤上は李九段の劣勢となっていく。特に李九段に悪手2)が出たわけではなかったのだが、形勢が良くならない。そして、中盤からはAlphaGoの独壇場となった。
    指し手が進み囲碁の複雑さが薄れてしまってからは、チェスや将棋と同様に、一流のコンピュータプログラムに人間は勝てない。その頃、解説の高尾九段を含む観戦中のプロ棋士たちに明らかな動揺が生まれていた。
    初戦の敗北は、李九段の調子が悪かったからだろうと言われた。しかし、2局目も、そして3局目もAlphaGoの完勝だった。4局目にして初めて李九段が一矢を報いたが、5局目にはまた敗退した。その後、囲碁界ではAlphaGoが打った新手の評価が進み、その多くが本手3)として認められている。
    この事件は、深層学習による人工知能(artificial intelligence:AI)の名を知らしめるきっかけとなった。

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